大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島高等裁判所 昭和60年(ネ)49号 判決

控訴人

山本宏

平川正

冨本利治

吉牟田勲

星野和人

中村久恒

右六名訴訟代理人弁護士

桂秀次郎

本田兆司

被控訴人

中国電力株式会社

右代表者代表取締役

松谷健一郎

右訴訟代理人弁護士

江島晴夫

末国陽夫

塚田守男

主文

一  控訴人らの各控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一  申立

一  控訴人ら

1  原判決中控訴人らに関する部分を取り消す。

2  被控訴人が昭和五三年四月一二日控訴人らに対してした別紙目録記載の各懲戒処分がいずれも無効であることを確認する。

3  被控訴人は、控訴人山本宏に対し六九万八二一六円、同平川正に対し五四万〇七〇一円、同冨本利治に対し三〇万円、同吉牟田勲に対し三〇万三四六三円、同星野和人に対し五六万一八二〇円、同中村久恒に対し三〇万四一〇七円及びこれらに対する昭和五三年六月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

5  第三項につき仮執行の宣言

二  被控訴人

主文と同旨

第二  主張

当事者双方の主張は、次に付加、訂正、削除するほか原判決事実摘示中、控訴人らと被控訴人とに関する部分と同一であるから、これを引用する。

一  原判決の補正

1  原判決三枚目表一〇行目「同冨本利治(以下原告富本という)」を「同冨本利治(以下「控訴人冨本」という)。」と改め、同裏一〇行目「(以下山口県支部という)」を削除し、同一一行目「原告山本は」の次に「電産労組」を加え、同四枚目表一〇行目「別紙目録(一)」を「本判決添付別紙目録」と改め、同五枚目表一行目「同富本」を「同冨本」と改め、同裏三行目「同吉牟田」から同四行目「差し引いた」までを「同吉牟田から賃金の半日分に当たる三四六三円を、同中村から賃金の半日分に当たる四一〇七円をそれぞれ差し引いた」と改め、同五枚目表二行目「同富本」を「同冨本」と改める。

2  原判決五枚目裏四行目「同富本」を「同冨本」と改め、同一一行目「同月一五日」を「昭和五三年三月一五日」と改め、同六枚目裏五、六行目「以下電力労組という」を「以下「中国電労」という。」と改め。同九行目「軽水形」を「軽水型」と改め、同一三枚目表一行目「新期」を「新規」と改め、同一七枚目表六行目「中国電力」を「被控訴人の」と改め、同二四枚目表六行目及び七行目「中国電力」を「被控訴人」と各改め、同二五枚目表七行目「中国電力労働組合」を「中国電労」と改め、同裏一行目「中国電力」を「被控訴人」と改め、同五行目「中国電力労働組合」を「中国電労」と改め、同九行目「電力労組」を「中国電労」と改め、同二六枚目表二行目「電産長門分会」を「電産労組山口県支部長門分会」と改める。

3  原判決二八枚目裏二行目「電力労組」を「中国電労」と改め、同一〇行目「電産」を「電産労組」と改め、同三三枚目表二、三行目「一次冷却水喪失事故」及び同裏一行目「一次冷却水材喪失事故」を「一次冷却材喪失事故」と各改め、同三五枚目表九行目及び一〇行目「の死がい」を「が死んでいるのを」と各改め、同四七枚目表二行目「中国電力」を「被控訴人」と改め、同四八枚目表二行目及び一一行目「山口支部」を「山口県支部」と各改め、同裏六行目「中電」を「被控訴人」と改め、同四九枚目表四行目「これは、電産労組組合員に対する不利益処分」を「電産労組山口県支部による本件ビラ配布行為は、組合の機関決定と方針に基づいて実施されたものであり、労働組合の正当な組合活動である。しかるに、被控訴人はこれを理由として本件懲戒処分に及んだものであるから、本件懲戒処分は控訴人らに対する不利益処分であり」と改め、同九、一〇行目「合理性を欠き」を「、本件ビラ配布の目的及び態様、本件ビラ配布の影響、被控訴人の宣伝活動及び本件ビラ配布に対する対応、本件懲戒処分により控訴人らが受けた不利益の程度等を総合的かつ客観的に判断すると」と改める。

二  控訴人らの主張

1  本件ビラ発行・配布に至る経過

(一) 原発問題についての学習や教育・宣伝活動

電産労組は原発について、その問題点を学習するために、機関紙において原発の安全性、経済性、労働条件や合理化に関わる問題を取り上げてきた。また、大阪大学理学部講師久米三四郎(原子力発電の危険性)、元東京都立大学助教授高木仁三郎(エネルギー問題)、東京水産大学助教授水口憲哉(漁業と原発)、埼玉大学教授市川定夫(微量放射線の人体への影響)らの講演会を開催し、その講演内容をパンフレットにするなどし、被控訴人管内の職場に普及させた。さらに、春闘及び秋季年末闘争時における経済的な諸要求とあわせて、原発建設に反対する「ビラ貼り・立看板闘争」、被控訴人の「島根原子力発電所竣工祝金」に対する受領拒否などの闘いを取り組んできた。右のとおり電産労組及び組合員は、真剣に学習や教宣活動に取り組んできた。その結果、原発が危険であり、経済性に疑問を抱き、また労働環境や労働条件に深く関わるものとしての確信に至り、原発建設反対の取り組みを組織的に確認し、組合活動の一環として具体的活動をすすめてきたのである。

(二) 電産労組の地域住民らとの関わり

また、電産労組は、原発の危険性・経済性は単に電力労働者だけの問題ではなく、全国の労働者・地域住民をはじめとする全国民の生命と生活に深く関わる問題であるとの立場から、地域住民、あるいは山口県内はもとより全国の諸団体と連携をとりながら活動をすすめてきた。電産労組は、原発に関する講演会・学習会を通して原発の理論的・技術的な知識の習得をなしてきたし、これらの諸活動を通じて原発がいかに危険なものであるかを認識し、全国で高まりつつあった反原発運動への参加や、地域住民との交流・共闘を取り組む中で、電力労働者としての責任を果たすべき義務を痛感し、ますます原発建設反対の立場を鮮明にするに至ったのである。

(三) 本件ビラ配布に至る経過

(1) 被控訴人が昭和五二年六月一三日、公式に豊北町への立地を発表する以前から、既に豊北町内の漁民を中心とした反対運動(反原発署名活動、反原発講演会)が取り組まれていた。そうした中での被控訴人の公式発表は、豊北町における反対運動に油をそそぐ結果となったのである。

一方、原発推進側は、被控訴人の豊北町内における原発誘致工作(原発見学旅行や新聞広告、テレビCM、番組提供、パンフレット類の発行配布など)をはじめ、県知事の、「環境調査の機は熟したので豊北町に協力要請する。」との表明(昭和五三年一月四日)や、通産省が豊北を国の重要電源立地点に追加指定(昭和五三年一月一〇日)するなど、国、県など行政と一体となった原発推進の動きもあった。

このような状況のなかで、昭和五三年二月六日、豊北町民が「環境調査阻止住民大会」を開催し、町長との交渉において町長は、「漁業権者の同意が得られないので環境調査は受け入れない。」との態度表明を行ったのである。そして、現職町長辞任に伴う町長選挙(昭和五三年五月一四日投票)においては、原発絶対反対をうったえた藤井澄男候補が圧勝したのである。

(2) 前記のとおり、電産労組は、原発の危険性等について確信を有し、原発建設反対の組合活動に取り組んでいたところ、被控訴人の常軌を逸した原発推進活動を目のあたりにし、豊北町の漁民や地権者と交渉するなかから「電気労働者の責務として、反原発の意思を地域住民にアピールする」必要を痛切に感じることとなった。そして、組合の民主的討議と機関決定に基づいて、本件ビラを発行・配布したのである。

(四) 被控訴人の原発推進工作と企業体質

(1) 原発建設をめぐる地域工作

被控訴人は、原発推進のための地域住民工作(買収旅行、記念品の贈答、寄付、飲食、ビラの新聞折り込み等々)を極めて大がかりに押し進め、住民との話し合いを通じて、住民が抱いている不安や疑問に答えるという当然の方策をとることなしに、地域住民をもっぱら、金品による利益誘導によって懐柔しようとしてきたのである。また、一方では、試運転中に振動計事故、一次冷却材の急減による原子炉停止、発電タービン系の事故による原子炉停止などの公表を遅らせ、ひた隠しにするなど地域住民を欺く悪質な「原発事故隠し」を行い、これと併せて原発の安全性を宣伝してきたのである。

(2) 原発推進にむけた職場支配・管理体制の強化

被控訴人の電産労組への対応は、従来に増して厳しいものがあったが、原発推進体制が段階を画して強化されるなかでの管理体制は非常に厳しいものとなった。

豊北原発計画発表以前における豊北町周辺からの電産組合員の排除(配置転換)にはじまり、昭和五三年一月の「新年互例会」における被控訴人の山口支店長(山口原子力準備本部長兼務)が明治維新の例を引き合いに、「維新の志士は脱藩して意思を貫いた。」と公言し、昭和五四年四月、社長は新入職員入社式において、「組織人として反中国電力的なことは許されない。」と公言するなど、全従業員に対して原発推進の立場にたつことを求め、電産労組及びその組合員に対しては、原発建設反対の方針及び原発に対する認識そのものを改めるよう強制する意図を有していた。

また、昭和五三年には、被控訴人の社長通達である「社達64号」が公表された。その趣旨は、「中国電力の社員はすべて原発推進の立場に立たなければならない。」というもので、社員の思想統制を強制するとともに、原発建設反対をかかげる電産労組の組織破壊を意図したものであった。

(3) 被控訴人の企業体質

前記(1)、(2)のとおり、被控訴人の資金と人員を要した組織ぐるみの地域工作及び支配体制・思想統制の強化は、昭和六二年四月に行われた上関町長選挙における不正投票事件まで引き起こし、その企業体質を明白なまで露呈した。

すなわち、町長選挙の直前の昭和六一年一二月ごろに、町外居住者の大量架空転入手続きが行われ、そのほとんどの「架空転入者」が原発推進派の人々であったことが判明し、被控訴人の上関調査事務所に勤務する職員を含む一五二名が公職選挙法違反などの疑いで山口地方検察庁に書類送検されるという、「架空転入事件」がそれである。この事件は国会においても取り上げられ、田村通産大臣が「中電はとんでもないことをしてくれた。」と述べるに至り、企業の社会的信用を失墜せしめたことは前代未聞のことである。右の事実は、法を犯してまでも原発建設を押し進めようとする被控訴人の露骨な企業体質を表すものであり、このような企業体質が本件懲戒処分の根底に根ざしていることも述べるまでもない。

2  本件ビラ発行・配布の正当性

(一) 控訴人らの社会的責務

労働者は、自らの経済的な利益を守るために活動するとともに、自らの事業に関する社会的な問題と無関係に存在するものではない。国民生活に深い関わりをもつ電気事業の労働者で組織している電産労組としては、電気労働者の経済的利益や労働環境・労働条件の問題を重視するとともに、電気事業のあり方や電力公害問題など社会的問題について、地域社会との関わりから、その問題に取り組んできた。火力発電問題でいえば、排出される硫黄酸化物や窒素酸化物の問題、原子力発電問題でいえば、温排水や重大事故発生の問題、あるいは猛毒プルトニウム・死の灰問題等々を考えると、被控訴人の事業としてだけでなく、社会的問題としてとらえざるをえないのである。特に原発は、チェルノブイル原発事故によって明らかになったように、いったん大事故が起これば、全地球的規模の被害を、それも今後幾世代にもわたる被害を発生させ、人類の生存をも脅かすという重大な問題を内包している。そして、電気労働者は好むと好まざるとにかかわらず、その当事者としての地位を有することになる。そうであるが故に、原発問題を電気労働者自らの課題として学習・討論し、それから得た結論を地域の住民や広範な国民に明らかにしていくことは、電気労働者で組織する電産労組の任務であり、社会的責務であるといわざるをえない。

その結果、電産労組は原発が危険であること等を記載した本件ビラの発行、配布をせざるをえなかったのであり、電気労働者であるが故の社会的責務を果たした正当な組合活動であった。

(二) 本件ビラ配布に伴う影響

被控訴人は豊北町の一部に対する本件ビラの配布によって社内外に重大な影響を与えたと主張する。

しかしながら、チェルノブイル原発事故やスリーマイル島原発事故によって明らかなとおり、原発建設問題は人類の生存に関わる極めて重大な問題であり、そのような問題を地域に持ち込み地域社会を「推進派」「反対派」として二分させ、混乱をさせたことこそが、その責任を問われなければならない。しかも、前記のとおり、豊北町の状況は反対運動が盛り上がり、町長選挙において反対派町長が圧勝するという状況で、また、社内においても電産労組が反原発の立場で具体的活動をしていたことが明らかな状況で、その組織内討議と機関決定を経て本件ビラを配布し意思表明することは何ら責任を問われるものではない。

しかも、被控訴人等電力会社が中心となり、「原発は事故が発生しない。安全である。」と虚偽の宣伝をしてきたことを、その安全神話が崩壊した現在、地域住民はもとより国民に対し、どれだけ不安と混乱を与えたかを想起すべきである。そして、その誤りが根深いものであることは、昭和六三年七月一一日、島根原発二号炉が試運転直後、緊急停止し地域住民に不安と混乱を与えたことからも明らかである。

被控訴人の発表によれば、これは安全審査・安全管理の面から起こりうるべきはずのない事故であり、その原因は「配線ミス」とのことであるが、配線ミスであるが故に、安全装置の配線においても起こりうることとなり、それが作動しないことにもつながる。

以上のとおり、被控訴人が住民の不安や混乱に対し、お題目のように原発は安全であるとの主張を繰り返し、無内容な安全宣伝パンフレット等で宣伝するだけで、一度として地域住民の不安や混乱を取り除く努力をしたことはなかった。

被控訴人は、本件ビラ配布の社内外に与えた影響について主張するが、何よりも原発問題が社会的問題性を有すること、被控訴人の原発建設の強行方針によって、地域住民に不安と混乱を発生させたことが、当時の豊北町周辺におけるあらゆる事態の根源であり、そうした状況のもとで、本件ビラが発行・配布されたことを銘記しなければならない。

3  本件ビラ記載内容の正当性

(一) はじめに

本件事件は、科学者を含め国民的論議の対象となっている原発の安全性と、経済性について、原発は危険であり不必要であることの事実を記載した本件ビラを発行、配布したことの当否が正に問われている。本件ビラは、後述のとおり原発の科学論争における危険性、経済性を裏づける科学的な事実、それによって究明しうる事実を記載したものにすぎず、また、そのような原発危険論、経済論が存することは公知の事実であるといわざるをえないのである。そして、その科学的事実、究明された事実が二度の原発事故の発生によって真理であることを証明したのであった。それ故、本件裁判は、後述する原発の危険性・経済性について、科学的見地を欠落させることなく、その事実と、それから究明しうる真理をもとに判断されなければならない。

(二) 原子力発電の危険性

(1) 原子力発電の稼働メカニズム

(イ) 原子力について

原子力とは、さまざまな形態のエネルギーの一つで、原子(非常に小さな物質の単位)の奥深くあるエネルギーを取り出したものである。このエネルギーの源になる原子は、あらゆる物質のもとになる小さな粒子(一センチメートルの約一億分の一程度)で構成されている。さらに、この小さな粒子の中に極く小さい原子核と呼ばれる核がある。この核の大きさを例えて表現すれば、原子の大きさを広島球場に見立てるとピンポン玉程度の大きさに相当するものである。この原子核の中に原子を構成している物質のほとんどが集まっている。すなわち、非常に強い力でその原子核の中に物質が引き留められている。自然界に存在する九二種類の原子核のうち、ウランの原子核が壊れやすいことが、およそ五〇年前に発見されたのである。

核分裂の連鎖反応は、次に述べるとおりである。右に述べた壊れやすいウランの真中にある原子核に衝撃を与えると破壊される。これには中性子を使っている。この中性子という名前は、プラスやマイナスの電気を帯びていない中性の粒子ということを意味している。中性子も放射線の一種で「中性子爆弾」という名称で広く知られている。中性子をウランの原子核にぶつけると、原子核に変化が起こり、ほぼ真二つに割れる。この現象が核分裂といわれているもので、この核分裂の際に大きなエネルギーが熱として出てくるのである。この核分裂によって出てきた中性子が次々と隣の原子核にぶつかり、一が二になり、二が四に、四が八になるという、いわゆるネズミ算式に核分裂が進行(連鎖反応)、それに伴って膨大なエネルギーが発生する。このエネルギーが原子エネルギーであり、第二次世界大戦で原子爆弾(広島投下)という形態で登場してきたのである。

(ロ) 原子爆弾と原子力発電の仕組み

右に述べたように原子爆弾というのは、原子エネルギーの一つの形態であるが、原子力発電も原子エネルギーの利用という形でなされており、エネルギーの根源は全く同じものである。以下、原子爆弾と原子力発電について述べる。

① 原子爆弾について

頑丈な鉄の容器の中にウランの塊を二つに分けて入れてあり、半分の量では、ネズミ算式に核分裂が進行する途中で中性子が外部に漏れ出てウランが不発に終るような構造になっている。しかし、一つのウランの塊の後方部には高性能火薬(TNT火薬)が詰っており、これを引金にウランが一体に集まると核分裂反応が進行、短時間(およそ一〇万分の一秒)の間に膨大なエネルギーを生み、これが爆発を起こす。この原理を応用したのが原子爆弾である。

原子爆弾の爆発によって発生するエネルギーは、大部分は熱となるが、広島の原爆が「ピカドン」といわれるように、太陽と同じような熱線(ピカという。)と爆発(ドンという。)によって大勢の人が殺されたのである。また、熱線と同時に核分裂の際に放射線(中性子とガンマ線と呼ばれている放射線)が放射され、この放射線によって殺傷されたのである。さらに、爆発直後の黒い雨によって、その中に含まれる死の灰で原爆病にかかるということも起こったのである。

ウラン原子の核分裂によってウランがほぼ真二つに割れる。この二つのかけらはウランが燃えた後に「灰」として残る。ただし、これはただの灰ではなく、自ら放射線を出す厄介なもので、人を殺したり傷つけたりする非常に恐ろしいもので、「死の灰」と呼んでいる。

ウランが核分裂した後にできる二つのかけらの大きさは大小に片寄っているので、多くの種類のかけらができる。そしてウランのかけらの科学的な性質もいろいろと異っており、その科学的な性質を表すために物質名(例えばストロンチュウム)をつけている。そして、割れたかけらの大きさをあらわすためにストロンチュウム九〇とかセシウム一三七とかの番号をつけて呼んでいる。

核分裂ではウランがほぼ真二つに分かれるだけなので、二つのかけらの合計の重さは元のウランの重さにほぼ等しい。したがって、木や紙を燃やして残った灰の量の場合とは全く異なる。なお、広島に落とされた原子爆弾は、およそ七〇〇グラムのウランが爆発したと推定されており、それとほぼ同量の死の灰が飛び散ったことになる。

黒い雨は、核分裂とは直接関係ないが、原子爆弾の爆風で土が吹き上げられ、爆風後の雨に混じって降ってきたものである。

② 原子力発電について

原子力発電も原子爆弾と同様に原子力エネルギーを利用しているもので、エネルギーの引き出し方が異なっているだけである。原子力発電は、火力発電の一種である。発電の原理は、ボイラーで蒸気を作り、この蒸気をパイプで発電用タービンに送り発電機を回して発電する。タービンを回した蒸気は、海水を取り入れた復水器で冷やされて水に戻り、再びボイラーに送られ熱せられ蒸気になる。こうした行程を繰り返す。また、蒸気を冷やした海水は温度が上昇して海に戻される。

火力発電と異なるのはボイラーの構造で、火力発電の場合は石炭や石油を燃やして蒸気をつくるが、原子力発電では原子の火(原子力)を使って蒸気を作る。この原子の火のボイラーのことを「原子炉」という。この原子炉は、円筒型で、炉の真中に核燃料(ウラン)が棒状に加工されて入っている。この棒状に加工されたものを「燃料棒」という。原子エネルギーを引き出すには、原子爆弾と同じ核分裂によるが、原子爆弾の場合と異なるのは、燃料棒の間に「制御棒」と呼ばれるものが入れてあり、原子の火(核分裂の進行)を制御していることである。

原子力発電所を運転する時は、右に述べた制御棒を燃料棒の間からゆっくり抜く。そうすれば、抜いた部分のウランに中性子が当たり核分裂が起こる。この制御棒の位置をコントロールすることによって、いつも一定量のウランが燃え続けている状態に保つ、すなわち、原子力発電所ではゆっくりウランを燃やしてエネルギーを取り出しているのである。

③ 必然的にできる放射能と死の灰

広島に落とされた原子爆弾は、およそ七〇〇グラムのウランを一〇万分の一秒程度の瞬時に燃やしたわけであるが、原発(島根一号炉)の場合は、同じ量のウランをおよそ半日かかって燃やしている。そして、燃料棒の間を駆け抜けている水(冷却材)が燃料棒から熱を受け取って蒸気となり、同時に燃料棒は、その水によって冷却され溶融を免れている。こうして、原子力発電では爆発は起こらないが核分裂の際の放射線は放射される。そのために、原子炉の周りに厚さおよそ二メートルのコンクリートの壁を設けて放射線が外に出ないようにしている。また、原子力発電の場合でも当然、燃やしたウランの量と同じ量の死の灰ができるのである。その量は、島根原発一号の場合、一日当たり広島に落とされた原子爆弾の二発分相当である。もちろん、原子爆弾のようにまき散らすのではなく、燃料棒のサヤの中に閉じ込めるような設計となっている。

ウランの原子核には、目方の軽いウラン(U二三五)と重いウラン(U二三八)の二つある。ウラン二三五(燃えるウランともいう。)に中性子が当たると核分裂が起こるが、ウラン二三八(燃えないウランともいう。)は核分裂を起こさないという特性をもっている。原子爆弾は、燃えるウラン二三五のみを使用したものであるが、原子力発電に使うウランでは、燃えるウラン二三五は三パーセント程度で、残る九七パーセントは燃えないウラン二三八である。しかし、燃えないウラン二三八に中性子が当たると、核分裂は起こらないが中性子を吸収しプルトニウムという猛毒の物質に変化する。また、このプルトニウムは、ウラン二三五と同様に燃える性質を持っているので、長崎の原子爆弾の核爆薬に使われた。現在、世界中に配備されている核弾頭のすべてにこのプルトニウムが使われている。

(2) 軽水炉の危険性

原子力発電に使われている原子炉にはどういう燃料を使用するか、あるいはどういう冷却材を使用するかでいろいろな種類がある。日本で使用されている商業発電用の原子炉は、一基を除いて、米国で開発された軽水炉が使われており、現在ではこれが世界の原子力発電の主力を占めている。

(イ)軽水炉は本質的に安全か

原子炉というのは、原子エネルギーを利用するため、制御棒で核分裂を抑制しながらエネルギーを取り出している。しかし、何らかの原因でその制御に失敗すると、急速にウランが燃え出し、手がつけられなくなり、原子炉が爆発をおこすような極端な場合が考えられる。これが、原子炉の暴走と呼ばれているものである。

米国で一九五四年に小型の試験用原子炉で、わざと制御棒を抜いた実験が行われた。この実験では、暴走させても多分爆発は起こらないであろうとの専門家の予想を越え水が一気に水蒸気となって原子炉をふき飛ばし、建物の屋根もふき飛ばし一〇〇メートル近くもまい上がるという爆発を起こした。この実験用原子炉は、現在実用化されている原子炉の五〇〇分の一程度のもので、専門家の推定によればTNT火薬にして一キログラム程度の爆発(広島に投下された原子爆弾はTNT火薬換算で二万トン)といわれている。

このような爆発が、現在の実用炉で起これば五〇〇倍、すなわちTNT火薬五〇〇キログラムの爆発に相当すると推定している専門家もいる。

原爆に比較すれば非常に小さいが、五〇〇キログラムの爆発が実用炉でおこれば、原子炉も原子炉建屋も破壊し、大量の死の灰が環境に流出し、大災害をもたらすことは疑う余地のないことである。

(ロ)原子炉圧力容器、格納容器は大丈夫か

原子力発電所の原子炉は、二〇センチメートル程度の厚い鋼鉄でできている。その外に格納容器があり、死の灰が外に出ないような安全対策が施してあるとされている。しかし、PWR(加圧水型原子炉)の原子炉圧力容器は、TNT火薬換算、四三キログラムの爆発で破壊し、島根原発で使っているBWR(沸騰水型原子炉)の原子炉圧力容器は、TNT火薬換算、七三キログラムで破壊する。また、それぞれの格納容器(建屋)は、PWRの場合は四〇〇キログラム、BWRの場合は四五〇キログラム程度の爆発で破壊してしまうことを示しているのである。したがって、大型の原発で原子炉の暴走が起こると(TNT火薬五〇〇キログラムの爆発)圧力容器も格納容器も破壊されてしまうのである。

(ハ) 軽水炉の欠点

軽水炉は、水(精製したもの)を冷却材として使用することによって、経済的に安価であるが、反面、水を使っているがゆえに軽水炉を非常に危険なものとしている。普通の状態では、水は摂氏一〇〇度で沸騰し、蒸気も一〇〇度以上にはならない。しかしこの程度で発電用のタービンを回すには力が弱いことから、軽水炉においては「圧力釜」の原理を使って圧力を加え、沸騰する水の温度を三〇〇度近くまで上昇させている。そのため、BWR(沸騰水型原子炉)では七〇気圧程度、PWR(加圧水型原子炉)では一五〇気圧程度と、何れも大きな圧力を原子炉に加えている。原子炉の壁は二〇センチメートル近い分厚い鋼鉄で作られており、原子炉と直結するパイプも非常に丈夫なものにするという対策は講じられている。しかし、原子炉は常に高い圧力が内部から加わっており、配管や原子炉圧力容器にヒビ割れ、あるいは、それにつながっているパイプがふき飛ぶ危険性が絶えずある。これが第一の欠点である。

第二の欠点は、燃料棒とその周りを流れている冷却材の水とが非常に化合しやすいということである。燃料棒(直径一センチメートル、高さ四メートル程度)の外側は金属(ジルコニウムを主成分とした合金)のさや(厚さ一ミリメートル程度)でてきており、その中にウランを焼き固めた錠剤(ペレットと呼ぶ)が二百数十個入っている。この燃料棒のさやは、ウランの中にできた死の灰が外に出ないように閉じ込めるという非常に重要な役割を持っているのである。しかし、このさやの主成分であるジルコニウムは、冷却材として使用している水と化合しやすい性質をもっている。通常の運転状態であるならばジルコニウムと水とはほとんど化合しないが、何らかの事故で冷却材がなくなるか、もしくは一部なくなり燃料棒の表面温度が摂氏一〇〇〇度を超すという事態が起これば、ジルコニウム本来の性質を取り戻し水と激しく化合し、自らは酸化物となると同時に、爆発性の水素ガスを発生する。さらに表面温度が二〇〇〇度を超す事態ともなれば、厚さ一ミリメートルのさやは、一〇分間足らずでぼろぼろになりさやとしての機能を失ってしまうのである。

(二) 大爆発の危険性

右に述べたように、燃料棒のさやがぼろぼろになるとペレットは崩れ落ち、燃料棒の周りを流れていた冷却材の通り道をふさいでしまう。そのことによって冷却能力が著しく低下し、温度は益々上昇、およそ二八〇〇度となると燃料棒はどろどろに溶けて溶岩のようになる。そうなると分厚い鋼鉄の壁を破り、原子炉建屋の基礎コンクリートも溶かして地中に入ってしまう。こうした状態になることを「チャイナシンドローム」(中国症候群)と呼んでいるのである。このどろどろに溶けたペレットの塊からは、死の灰に含まれているガス状や揮発性の放射能が大量に放出される。また、溶岩のようになったペレットは水や海水と接触して水蒸気爆発を起こすほか、水素ガス発生による爆発も起こす。こうして、破局的な大災害へと発展するのである。

(3) 放射能の危険性について

(イ) 放射能の特性

放射能とは、放射線を出す物質のことをいう。放射線とは目には見えない光線で、紫外線よりも波長が短くてエネルギーが大きく、人体に障害を与える光線のことである。放射能にはいろんな種類があり、その種類をあらわすのに、それぞれ化学的な性質を表す名前(例えば、コバルト、ストロンチュウムなど)をつけ、また、放射能を構成している原子核の重さを表す番号(例えば、ストロンチュウム九〇、コバルト六〇など)をつけている。天然にも放射能は存在している。一番多く存在し代表的なのはカリ(カリ肥料として使う。)で、このカリの中に極く僅かの放射能のカリ、カリ四〇と呼ばれる放射能がある。

人工放射能は、およそ五〇年前に作りだされた。その製造装置の代表的なものが原子炉である。核分裂によるウランのかけら、「死の灰」はエネルギーが非常に大きく不安定で、その余分なエネルギーを放射線として放出する。したがって、「死の灰」は多種類の放射能の混合物である。

放射能の特性は、大別すると三つの特徴があるといわれている。一つには、放射線が人間にいろんな病気をもたらすということである。よって放射能を別名、放射性毒物とも呼んでいる。二つには、放射線が目に見えないばかりか、五感に感じないという厄介な性質をもっていることである。三つには、「煮ても焼いても」毒性を消すことができず、自然の減衰を待つしかないということである。放射能の放射線が減少する「半減期」(その能力が半分となる期間)はその種類によって千差万別であるが、それらの中には半減期が一秒以下のものから、数万年以上のものまである。この世で最大の猛毒といわれているプルトニウムの半減期は二万四〇〇〇年である。

(ロ) 放射線による障害

放射能からの放射線による障害は、大別すると、「急性障害」と「晩発性障害」の二つである。急性障害とは、放射線を浴びて二〜三日、あるいは一週間以内に誰が見てもわかる障害が現れることをさす。具体的には髪が抜ける、皮膚が焼けただれる、あるいは内臓がカイヨウをおこし血を吐くという病状が出て、最悪の場合は広島・長崎における原爆障害や、チェルノブイル原発事故時の死亡者のように「急性死亡」ということとなる。晩発性障害とは、放射線を浴びてから長期間経過して現れる障害のことをいう。代表的なものとしてガンがあげられるが、もう一つには遺伝的障害がある。ガンは、放射線を浴びて数年ないし数十年経過してから現れる。今もなお、広島・長崎の被爆者の多くが亡くなっているのは晩発性障害によるものである。また、遺伝的障害とは、放射線を浴びた者の子供、あるいはその孫へと、代々にわたってその障害が現れることをいう。

広島の原爆の場合、爆心から五キロメートル以内の者に急性障害が現れ、その他の地域でも晩発性障害が多発している。つまり、この現象は放射線を浴びる強さを減らしていくと、急性障害はどこかで出なくなるが、晩発性障害は残るということを示している。晩発性障害では、浴びた放射線の強さが少なくなると、障害の発生確率は小さくなるが障害の現れ方(ガンや遺伝的障害など)は変らないとされている。

放射線以外の原因によっても、ガンや遺伝的障害が現れる。しかし、それが放射線によるものなのか、それとも他の原因によるものなのかの区別は医学的にも解明することは不可能である。つまり、放射線によっておこったガンとタバコによっておこったガンとの区別はできず、これが、晩発性障害を非常に厄介なものにしているのである。

(ハ) ICRP勧告について

放射線による人体への影響について許容量という言葉が用いられている。しかし、これは安全という意味ではなくて、辛抱量というべきものである。つまり、放射線はどんなに微量でも人体に重大な障害を与えるのである。

この許容量について各国が決める目安として、ICRP(国際放射線防護委員会)が勧告を行っている。この委員会は主として放射線を浴びる労働者に対して、どの程度まで放射線量が許容できるかを検討している機関であり、安全施設が整っている産業施設でもそうであるように「一年間に一万人に一人の死者が出てもやむを得ない。」とし、それに見合う放射線の量を許容線量として勧告しているにすぎない。一九七七年のICRP勧告は、「一年間に一〇万人に一人程度の死者が出てもやむを得ない。」ということを根拠として、一般公衆に対する基準量としては、原発労働者に対する許容量の一〇分の一の値である年間五〇〇ミリレムを勧告している。(放射線を浴びた量を数量的に表わす単位としてレムを使っているが、ミリレムという単位は、その一〇〇〇分の一である。)

ICRPの放射線被害の推定値を使って計算すると、一億人がすべて五〇〇ミリレムの放射線を浴びたと仮定した場合、ガン死(被ばく後五〇年の間に発生するガン死)がおよそ五〇〇〇人、遺伝的障害を持つ子供(孫の代まで)がおよそ二〇〇〇人発生することになる。右に述べた推定は、五〇〇ミリレムを一度浴びた時の被害の推定であり、これを毎年浴び続けるとすると年間のガン死は五〇〇〇人、遺伝的障害が二〇〇〇人発生することになる。今日、交通事故死が年間一万人前後だということが非常に問題になっていることから考えてもこの数値は安全量といえるものではない。そこで、一九七七年のICRP勧告では、許容量(安全量)という言葉を使用せず限界量、限定量という言葉を使用するよう指示しているのである。

右に述べたICRPが推定するために用いた基礎データは、その大部分が広島・長崎の原爆被爆者によるものである。しかし、被爆者の発ガン率のデータの最近の調査結果ではICRPのこれまでの推定発ガン率の六〜一二倍という値が明らかにされており、ICRPが勧告している許容量の抜本的な見直しが迫られるに至っている。

(三) 原発の危険性について

(1) 「常に放射能がばらまかれる」

(イ) 島根原発設置に係わる原子炉安全専門委員会の報告書によると、原子炉から発生する気体廃棄物のほとんどは、一次冷却系からのもので、ガス減衰タンクおよびフィルター通じて、放射能レベルの連続測定後、標高約8.5メートルの整地面上に設けられた高さ約一二〇メートルの排気筒から放出される、液体廃棄物は、放射能濃度の低い液体廃棄物は、復水器冷却水で希釈して放出されると明記している。これは、原発は不可避的に放射能を環境に放出する構造になっていることを証明するものである。また、福井県環境放射能測定技術会議による原発周辺の環境放射能調査報告では、植物や降下物、海底湾内のホンダワラ等から原発に起因する核種が定常的に検出されると報告している。

そして、放射線により人体が被ばくすると急性障害、晩発性障害を発生させ、ガン死などの重篤な結果を発生させることになる。しかも、久米証言及びムラサキツユクサの実験によって明らかなとおり、放射線被ばくによる晩発性障害には安全値がなく、いかに微量であろうとも、ガン死あるいは遺伝的障害を発生させることは科学的に解明された事実であり、それ故、公衆に対するICRPの勧告値年間五〇〇ミリレム(現在一〇〇ミリレム)、線量目標値年間五ミリレム(この値はあくまでも目標であり、法的に義務づけられた規制値ではない)の放射線量といえども、人体に重篤な結果を招来させることに変わりはなく、危険なものといわざるをえない。また、ICRPの勧告値の基礎となったデータは、広島・長崎の被爆によるデータであるが、近時その被ばく線量は実際にはもっと少量であったことが判明し、ICRPの勧告値も大幅に見直されており、さらに原子力施設の労働者被ばくの解析結果からも、その数値が約一〇分の一過小評価されているとの科学者の意見もあるのである。

(ロ) 労働者被ばくについて被控訴人は、一九七〇年代後半以降は作業環境が改善され、原子炉の基数が増えているが、逆に労働者被ばく線量は減少していると主張する。しかしながら、島根原発における労働者被ばくのデータ(〈証拠〉)は、被控訴人の右主張が全くの虚偽であることを明白に示しているのである。これによると、被ばく線量は一九八二年度に至って最高となり、ごく最近でも、一〇年前と同程度の被ばくを生じている。さらに労働者個人当たりの被ばく線量の推移は、下請労働者に被ばく被害がしわ寄せされていることを明白に示しており、原発労働における非人間性の存続をうかがわせるものである。

(ハ) 以上述べたとおり、原発からは常時放射能が排出され、それによって必然的に人間にガン死や重大な遺伝的障害を発生させているのであり、それら放射能の排出に際しては多量の空気や海水で薄めながら、背の高い排気筒や温排水口から環境に「ばらまく」以外に対策はなく、排出される「気体状及び液体状の放射性物質の安全を確かめる」ことなどなし得ないことは、科学的に疑問の余地がない事実である。

(2) 「大事故が起こらない保障はない」

一九七九年に米国スリーマイル島原子力発電所、一九八六年にソ連チェルノブイル原子力発電所で相次いで大事故が発生した。とりわけチェルノブイル原発事故による影響は全地球規模に及び、今日そして将来にわたって、環境や人体に重大な障害をもたらし続けることが明らかにされている。原発は、ECCSはもちろんのこと、他の安全装置も全く役立たないままに、原子炉暴走事故あるいは冷却材喪失事故によって、爆発を生じ原子炉が破壊され、原子炉内に閉じ込められていた死の灰等が外部に大量に放出されることが、事実によって立証されたのである。

昭和六一年度に国内の原発で発生した事故、故障は、何れも大事故に発展しかねないものであり、スリーマイル島やチェルノブイルで起こったものと同様な事故が日本の原発で起こらないという保障はないのである。

スリーマイル島原発事故は一次冷却系に漏出した放射性物質が排気筒などから外部に放出された事例であり、原子炉は決して閉じられた回路ではなく、外部に通じる道を有しており、一次系から二次系あるいはその他の経路から外部に漏出していくことも明らかな事実である。

また、スリーマイル島原発やチェルノブイル原発においても、当然、フェイル・セーフシステムなどの安全装置は設けられていたにもかかわらず、右原発事故に至ったのは安全装置がその効果を発揮しえなかったためであって、そのことは、安全装置といえども予測しうる筋道に対応して設置されるにすぎず、筋道どおり進行しない事故に対しては全くその効果が発揮できないことを教えている。

被控訴人は、ECCSの性能は各種実験結果をもとに、厳しい条件で作成された解析モデルを用いて有効性が確認され、ロフト実験によってECCSの有効性が実証されていると主張する。しかしながら、ECCSの有効性を確認すべき各種実験は、実用炉ではなく、小型炉であったり、模型であったり、燃料棒が実用のものと違って非加圧型であったり、実験の際の原子炉の出力が制限されていたりして、実験が完了したものではなく、また、ECCSからの水の一部しか注入できなかったり、燃料棒の冷却の原因が不明であったりなど、到底、ECCSの有効性が実証されたとは認められない。それ故、解析モデルによってECCSの有効性が評価されようとも、そのモデルが実用炉の事故条件下で適用できることの検証をなしえたものではなく、到底真の意味の科学的な評価とはいえないのである。

被控訴人は、地震に対して原子炉の自動停止装置があり、安全であると主張する。なるほど設計上制御棒が自動的に原子炉に挿入され、原子の火が消えることになっているが、たとえ期待どおりに制御棒が挿入され原子の火が消えても、燃料棒の中にたまっている死の灰が自ら熱を放出し、常時冷却しなければ燃料棒が溶融することになる。それ故、自動停止装置が設置されていても、地震に対してその他の安全装置が正常に作動しなければ、その安全は確保できず、安全装置はあらゆる事態に対応しうるものでなく、必ずしも、安全が確保できていると認められるものではない。

被控訴人は、安全審査がなされていることにより原発事故は発生しないかのごとく主張するが、スリーマイル島原発事故を起こした米国でも、また、チェルノブイル事故を起こしたソ連でも、もちろん、日本と同等ないしはそれ以上に厳しい安全審査がなされており、それらの審査では、右二つの事故は全く起こり得ないとされていたのである。右の事実は次のことを教えている。すなわち、安全審査は、どこの国でも原発建設に伴い定められた基準の判定にすぎず、そこでは、もともと暴走事故や一次冷却材喪失事故による炉心溶融などは、「想定不適当事故」として対象外とされているために、安全審査がなされているからといって、大事故は起こり得ないことを保障するものではないということである。

被控訴人は、運転管理体制が整備されていることをもって大事故が起こらないと主張する。しかしながら、人間特性によって引き起すヒューマン・エラーを回避することは不可能なことであり、わが国においても大事故につながる人為ミスが報告されていることや何よりも、スリーマイル島原発事故、チェルノブイル原発事故がヒューマン・エラーによるものであることからも明らかなとおり、いかに運転管理体制を強化しようが人為ミスは不可避に発生し、そのことによって大事故が必然的に発生するのである。

(3) 「大事故が起これば豊北町は全滅」

ソ連チェルノブイル原発事故から一年余り経過した現地の状況を伝えた新聞は、チェルノブイル事故後、半径三〇キロ圏の住民一三万五〇〇〇人が避難したが、いまだに疎開生活を続けていると報じている。また、右新聞には、事故を起こした原発は、炉が完全になるまで今後八〇〇年間このままで管理する必要があるとの同原発の所長談話が掲載されている。このように、最悪事態は回避されたといわれているこの事故ですら、原発から三〇キロ以内は人が住めない地域となっている。この事例を豊北地域に当てはめてみると、豊北町はもとより、下関市をはじめ周辺市町村も人の住めない地域になってしまうのである。ソ連チェルノブイル原発事故の経過と現状は、「大事故が起れば豊北町は全滅」との記載が事実であることの証明である。

(4) 「漁場が完全に破壊される」

温排水は海洋生物に放射能を摂り込ませ、海洋生態系を確実に破壊し、赤潮の発生など環境を悪化させ、成魚に重大な悪影響を及ぼすものであり、まさに漁場を完全に破壊するものといわざるをえない。

火力発電所においても温排水による被害で、漁業者との間で紛争の種になっているが、原発から排出される温排水は、火力発電と比較し同出力でおよそ三割ほど多量で、熱と放射能、塩素ガスや洗剤などの化学的毒物、生物の死骸などが入り混じって海は複合汚染され、漁場に被害を与えているのである。福井県水産試験場が関西電力高浜原発から排出される温排水による影響を調査した結果を発表した新聞報道によると、海水とともに原発の取水路から復水器に取り込まれた魚の卵が、温排水と一緒に放出される間に、急激な温度変化などで大量死すると、その調査結果が発表され、今後、温排水が水産資源全体に与える影響を詳しく調査する必要があると指摘している。

また、昭和六〇年七月四国電力伊方原発沖合一帯で魚介類が大量死したが、この大量死の原因調査を独自におこなった京都大学漁業災害研究グループのメンバーは、昭和五六年から一年ごとにこうした事態が発生していることを重視し、過去に例のない天然海域での大量死問題の背景に、伊方原発から流出される温排水が影響している可能性があるとの見方を強めている。さらに、昭和六一年一〇月、関西電力・高浜原発近くの養殖業者が、原発の温排水のため養殖ヒラメが大量に死んだとし、関西電力を相手取り損害賠償請求の訴えを起こしたとの新聞報道がある。

昭和五九年一〇月八日の新聞報道によると、環境庁は、発電所近くで赤潮が頻発している事実を認めるとともに、富栄養化対策と併せ早急な温排水対策が必要であると述べている。また、冬季に魚が温排水に集まり、付近の水質汚濁の影響で異臭が出る被害や、プランクトンの死滅や漁業被害、藻類の被害も大きいことも認めるとともに、藻場の破壊は水中生態系のかく乱につながるとし、環境庁が発電各社に付近水域の厳重な監視を指導していると述べている。

これら温排水に起因する数々の事実は、「漁場が完全に破壊される」との記載の正しさを裏づけるものである。

(5) 「島根原発の社員は地元の魚は食べません」

右に述べたとおり、温排水による海洋汚染で魚介類に重大な影響を与えていることは事実である。原発に関しては、誰しも不安を有している。総理府の原子力に関する世論調査(昭和六三年一月三日発表)によると、原発について「不安・心配に思う。」と答えた人が八六パーセントにものぼっていることがそれを証明している。福井県大飯町に居住している内科医の永谷刀禰が自費で発行したビラによると、同地域は多くの原発が存在しているところで、同人は、同地域におけるガン患者が多発していることを指摘するとともに、一五歳以下と、妊娠可能な年齢の婦人は海藻類を食べないよう警告している。原発が危険であることは、それにたずさわっている電力会社職員が最もよく知っている。何も不安を抱かないことこそ不自然であり、危惧の念を抱くことは当然のことである。

(四) 原発の経済性について

(1) 「エネルギー危機は作り話、電力不足はウソ」

通産省編の「エネルギー87」の資源評価量「石油」の項で「可採年数はブリティシュペトロリアムによれば、一九八五年末時点で三四・四年であるが、可採年数は二〇年以上前から常に三〇年前後で推移してきている。これは、この間においては生産された量を上まわる新たな埋蔵量が採鉱開発活動によって不断に追加されてきたことを意味する。」と述べている。本件ビラの「石油は三〇年で無くなるのか」の記載は、まさにこれと同趣旨の記載である。

また、同「エネルギー87」のエネルギー供給技術「太陽エネルギー」の項では「太陽電池の変換効率の一層の向上、製造コストの低下、信頼性の向上等を目指した研究開発が実施されており、現在二〇〇〜二五〇円/キロワットアワーの発電コストが、九〇年頃には七〇〜八〇円/キロワットアワーと、ディーゼル発電と競合し得るレベルまで低下させることが期待される。」と、その技術が急テンポで進展していることを紹介しているほか、数々のエネルギー源について紹介している。さらに、エネルギー効率利用技術の項では、燃料電池の実用化や熱電併給システムの普及など、新技術・システムの開発が急速度に進行していることを明らかにしている。このことからも「エネルギー危機は作り話」であることが立証できる。

電力不足はウソであったことは、過去一〇年間の最大電力の伸びと供給力の比較からみても明白である。だからこそ、電力需給計画を毎年大幅に見直しせざるを得なくなっているのである。

被控訴人の昭和五三年度発表の需要想定によると、当時から一〇年後である昭和六二年度の最大需要電力は、当時の需要実績(最大需要電力)のおよそ二倍にあたる一一四一万キロワットにもなるという想定を行っている。そして、それに見合う電力施設計画を発表している。当然のことながら、同施設計画には昭和六一年度に豊北原発一号、昭和六二年度に同原発二号の運転開始計画が盛られていたのである。しかしながら、その後の最大需要電力の推移をみると、昭和五二年度実績が六二五万キロワット、昭和五五年度が六二一万キロワット、昭和六〇年度が七五九万キロワット、そして、昭和六二年度実績は七一二万キロワットである。つまり、過去一〇年間の最大需要電力の伸びは、八〇万キロワットにすぎず、昭和五三年当時の需要想定と昭和六二年度実績とを比較してみると、実に四二九万キロワットという巨大な誤差が生じていることが認められるのである。今日、産業構造の変化、省エネの進行、自家発電の拡大、競合エネルギーの出現等々により、電力需要の伸びは著しく鈍化している。今後もこの傾向に変化がないことは公知の事実である。

すなわち、本件ビラ記載どおり、電力危機は全く存在しないし、今日では電力過剰に苦慮している現状にある。当然のことながら、豊北原発建設計画は、今やその根拠は完全に消滅しているのである。

(2) 「電気料金が高くなる」

昭和六二年二月一七日に運転開始した日本原子力発電敦賀発電所二号機の初年度原価は15.8円で石油、石炭を上まわっていると通産省資源エネルギー庁が発表したとの新聞報道があり、このことだけをとらえても、もはや原子力発電の経済的優位性などは存在しないのである。

廃炉・放射性廃棄物処分については、その方法並びに費用がどれだけかかるかは、いまだに解明されていないが、原発が石油や石炭よりコストが高くつくことについては見解が一致している。米国では、二〇二〇年までに計六六基の原発が寿命を迎え、施設の処分対策が深刻な問題になってきていることが指摘されている。つまり、廃炉費用のみでも小型原発で一億ドル=約一四〇億円、大型で五〇億ドル=七〇〇〇億円もかかり、未解決な技術的課題が山積しているからである。

わが国の電気料金は総括原価方式によって定められている。総括原価とは、適正原価と適正報酬の和であり、適正報酬(利潤)はレートベースの八パーセントと定めている。レートベースは、電気事業固定資産、建設中資産、装荷中及び加工中等核燃料などが主なもので、コストの高い原発に傾斜すればするほど、電力会社にとっての利潤が増え電気料金を高くつりあげる結果となっている。

これらの事実は、「電気料金が高くつく」との記載が正しい根拠に基づいたものであることを裏づけるものである。

(五) 「核の軍事利用に道を開く」

核兵器不拡散に関する条約一〇条一項には「核締結国は、この条約の対象である事項に関連する異常な事態が自国の至高の利益を危うくしていると認める場合には、その主権を行使して、この条約から脱退する権利を有する。」と明記されている。日米原子力協定の発効をめぐって、米議会が混乱したことも日本が核兵器を保有することへの懸念からである。また、米国議会会計検査院がまとめた日米原子力協定についての報告書では、日米政府関係の変化もあり得るため核拡散防止を十分保障するものではないとの報告がなされている。このことからも明らかなように、わが国が将来にわたって原子エネルギーを軍事転用しないという保障はない。国会における政府見解も、政策を変更し核兵器を保有しても憲法違反にはならないとしており、わが国が核武装しないという保障はだれしもできないのである。以上の点から、「核の軍事利用に道を開く」との危惧の念を抱くことは当然のことである。

三  被控訴人の主張

1  基本的な主張

原子力発電に関する事業は、被控訴人の最も重要な事業の一つであり、原子力発電所の建設に全力を傾注している中で、いやしくも被控訴人に対し企業秩序遵守義務を負う被控訴人の社員である控訴人らが、虚偽と悪意に満ちた本件ビラを作成、配布することにより、被控訴人が推進しようとする事業があたかも不当な事業で、社員全員が反対しているかのような言動に出て、関係地域の住民や各方面に被控訴人に対する不信感と原子力発電についての不安と誤解を与え、また、被控訴人の社会的信用を著しく失墜させ、かつその業務を妨害し、不利益を与えたことは明かである。特にそれが被控訴人の社員である控訴人らにより、しかも原子力発電所建設予定地において為された行為であるが故にその影響は重大かつ深刻であり、このような行為に対し被控訴人が企業秩序維持のため懲戒処分をもって臨むことは当然である。

わが国の原子力発電所においては、放射能そのものの持つ危険性を顕在化させないという基本的な考え方に基づき、設計、建設、運転、保守のあらゆる段階で、想定しうる事故・故障に対応すべく多重防護による事故防止策や平常運転時の被ばく低減対策等、的確な安全管理対策が施されており、その安全性は実証された高度な技術により確保されている。控訴人らの主張する「原発が生み出す人工放射能の危険性」「原発が不可避的に放射能をばらまかざるを得ないメカニズム」「原発事故の不可避性」等の主張はこれら原子力発電所において確立されている安全管理の実態にあえて眼を覆ったものといわざるを得ない。原子力発電の安全性に関する論議は、その安全管理全般についての実態の把握とそれらに対する客観的な評価に基づいてなされるべきである。

もとより、本件は、懲戒処分の当否を問うものであって、原子力発電の安全性・経済性そのものを争うものではない。したがって、原子力発電の安全論争に立ち入るべきでなく、また、その必要もないと考えるが、控訴人らの主張する原発危険論が、あまりに実態を無視した独断と偏見に満ちたものであるため、原子力発電の安全性に対する基本的考え方及び安全性を担保する諸対策について述べると共に、控訴人らが作成・配布した本件ビラが虚偽と悪意に満ちたものであり、懲戒処分が正当であることを再度主張する。

2  原子力発電所の安全性について

原子力発電所の安全性は、核分裂等によって生ずる放射能を、周辺公衆の安全に影響を及ぼすことのないように、厳重に管理することにより確保される。この観点から、原子炉に固有の安全性(自己制御性ともいう。)を持たせるとともに、設計、製作、据付、運転に当たって、他産業レベルを数段上回る慎重な配慮を行い、異常の発生を防止するための対策、事故への拡大を防止するための対策、放射能が異常に放出されるのを防止する対策からなる多重防護(深層防護ともいう。)による事故防止対策を講じているのである。さらに、平常運転中においては、運転に伴って周辺環境へ放出される放射能の量を積極的に低減する対策を講ずるなどして、発電所の周辺公衆の受ける放射線被ばく線量が法令で定めている許容被ばく線量(年間五〇〇ミリレム)をはるかに下回るように管理しているのである。以下に、被控訴人が採用している沸騰水型炉(BWR)を例として、原子力発電所における安全確保のための具体的な対策について述べる。

(一) 多重防護による事故防止対策

(1) 多重防護による事故防止対策は、まず機器の故障、破損といった事故の原因となるような異常の発生を防止することである。

このため、発電所の各設備は、地震等の自然条件のほか、機器に加わる圧力や温度等考えられるあらゆる運転状態、使用条件を考慮して、安全上十分な余裕を持った設計を行うほか、機器や材料は高性能、高品質のものを採用し、製作、据付に当たって、工程の各段階毎に極めて綿密な検査を実施するなどの徹底した品質管理を行っている。

また、運転開始後は日常的に機器の点検を行うとともに、定期的に原子炉を止めて、綿密に機器の分解点検を行い、わずかでも異常が発見されれば直ちに修復するなど積極的な措置を採り、事故の原因となる異常の発生防止に努めているのである。

さらに、誤操作による異常発生の防止を図るため、運転操作を行う者には、発電所制御室の実物大シミュレータを有する運転訓練センター等で専門的な教育、訓練を受けて習熟した運転員を当てるとともに、運転操作を統括する当直責任者には国の資格試験に合格した者を当て、平常時はもとより事故時においても十分な対応ができるようにしている。

原子力発電所では平常時は自動運転ができるようにしているが、起動時等運転員の操作が必要な場合で、その運転員の誤操作あるいは機器の誤動作が発電所の安全性に大きな影響を与えるものについては、インターロック・システムやフェイル・セイフ・システムを採用し、事故の原因となるような異常の発生を防止している。

(2) さらに異常の発生に備え各種の自動監視装置を設け、仮に異常が発生した場合でも、これを小規模のうちに検出するとともに、それが拡大することを確実に防止できるように、以下に示す安全対策を講じている。即ち、原子炉の圧力が急速に上昇するなど緊急を要する異常状態が発生した場合、多重に設けた信頼性のある検出器で異常事態を早期にかつ確実に検知し、多数の制御棒を急速に原子炉に挿入することによって原子炉を自動的に停止させ、事故に拡大する可能性を断ち切る原子炉緊急停止装置を設けている。この原子炉緊急停止装置は、高度の耐震性を有するとともに、多数ある制御棒が、同時に全て作動しなくなることを避けるため各々を独立に駆動できるようにしている極めて信頼性の高い設備である。また、制御棒が挿入され原子炉が停止した後でも、原子炉内には核分裂等によってできた放射能によって、運転中に比べればごくわずかな量ではあるが熱が発生する(これを崩壊熱という。)ので、これを除去し、燃料棒が過熱して破損に至るような事態となるのを防止する必要があり、このため原子炉内の熱を除去する装置(残留熱除去装置)を設けている。この残留熱除去装置は非常用の電源に接続する独立した二つの系統となっているとともに、高度の耐震性を有する極めて信頼性の高いものである。

(3) 以上述べた対策により、放射能が周辺環境に異常に放出される恐れのある事態への発展は確実に防止されるが、安全対策には万全の上にも万全を期する、という考え方から、現実に起こるとは考えられない原子炉冷却系配管の瞬時破断によって冷却水が原子炉から喪失する事故を想定し、このような場合にも、崩壊熱による燃料棒の重大な損傷を防止し、放射能が周辺環境へ異常に放出される事態に至らないようにするため、多量の冷却材を炉心に注入して燃料被覆管温度を低く抑えることのできる非常用炉心冷却装置(ECCS)を設けている。ECCSは、多重性、独立性を持つとともに、非常用電源に接続するなど極めて高い信頼性を有している。

また、炉心からの放射能を確実に封じ込めるため、予想される最高の圧力に十分耐え、高い気密性を有する鋼鉄製の原子炉格納容器を設けるとともに、崩壊熱や、可燃性ガス(水素ガス)によって原子炉格納容器の健全性が損なわれることのないように、格納容器内の蒸気を冷却して圧力を低減する原子炉格納容器スプレイ装置と、発生した可燃性ガスを燃焼限界以下とする可燃性ガス濃度制御装置を設けている。

さらに、原子炉格納容器から、これを囲む原子炉建物内に放射能が漏れ出たとしても周辺環境へ異常に放出されないように、放射能を捕捉する高性能の活性炭フィルターから成る非常用ガス処理装置を設けて万全を期している。

(4) 以上述べたような数々の対策により、周辺公衆の安全に影響を及ぼすような事故の発生は防止されているのである。

(二) 平常運転に伴って周辺環境へ放出される放射能による被ばく低減対策

(1) 原子炉の平常運転に伴って生ずる主な放射能は、燃料の核分裂によって燃料被覆管内に生成する核分裂生成物(キセノン一三三、クリプトン八五、ヨウ素一三一等)と、冷却水中の不純物等が中性子によって放射化されることによって生じる放射化生成物(コバルト六〇、マンガン五四等)の二種類である。原子力発電所においては、前者についてはそれをジルコニウム合金製の燃料被覆管内に閉じ込めることにより冷却水中への出現を抑制し、後者については原子炉冷却材浄化装置、復水ろ過脱塩装置を設置すること等により、冷却水の適切な水質管理を行うことで冷却水中の不純物を抑制するとともに、発生した放射化生成物の除去を行い、冷却水中の放射能を微量に管理しているのである。

(2) 右の冷却水中の放射能を、原子炉冷却系中に閉じ込めることが平常運転時の被ばく低減対策の基本であるが、右放射能のごく一部は、復水器内の空気の抜き出し、冷却系配管からの水抜き等、種々の経路を経て放射性廃棄物となる。これらについては、気体、液体、固体の各形態に応じ、放射性廃棄物処理施設により適切な処理を行っている。

即ち、気体廃棄物については、活性炭希ガスホールドアップ装置やフィルターで処理し、また、液体廃棄物については、性状に応じて分離・収集し、ろ過装置、脱塩装置、蒸発濃縮装置等で処理し、さらに右の処理過程等で発生する固体廃棄物については、ドラム罐に詰めるなどして原子力発電所構内に安全に貯蔵、保管している。

(3) 右の処理を行うことにより周辺環境に放出される放射能はごく微量にとどまるが、これらが周辺環境へ放出される際には、放射能の放出量等を厳重に監視し、安全を確認している。さらに、この放出された放射能が周辺環境に影響を与えていないことを確認するために、敷地境界付近等にモニタリング施設を設置して常に監視を行っているのである。

(4) このような積極的な放出低減のための処理、管理により、平常運転時における原子力発電所周辺の公衆の被ばく線量は、法令に定められている許容被ばく線量(年間五〇〇ミリレム)をはるかに下回る線量目標値(年間五ミリレム)以下とすることができるのである。

3  本件ビラの虚偽と悪意

(一) 「常に放射能がばらまかれる」等

(1) 放射能の周辺環境への放出について

原子力発電所においては、放射能が発生し微量の放射能が放出されることは避けがたいものではあるが、前記のとおり、種々の放出低減対策を講ずることにより、原子力発電所から放出される放射能を極力低減するとともに、その放射能による周辺公衆の被ばく線量が、法令に定められている許容被ばく線量年間五〇〇ミリレム(一〇〇ミリレムに改正予定)を下回ることはもちろんのこと、線量目標値年間五ミリレム以下となるように放出量を管理しているのである。

島根原子力発電所の放出実績「ND」についていえば、線量目標値年間五ミリレムを確認するために必要な感度を十分に有する測定器で検出できないレベル以下を「ND」と表現しているのであり、控訴人らの主張する「ばらまかれる」といったものではない。わが国の軽水型原子力発電所の放出実績による周辺公衆の被ばく線量は、いずれもわが国の自然放射線による年間被ばく線量の地域差数一〇ミリレムの一〇〇分の一以下である年間0.1ミリレム以下と全く無視できるレベルになっているのである。

また、控訴人らは、原爆被爆者の被ばく線量の見直しによる発ガン率のデータの最近の調査結果から、ICRPの勧告値の抜本的な見直しが迫られるに至った旨述べているが、仮にICRP勧告値や法令で定められている許容被ばく線量が見直されたとしても、実際にはそれらの値よりはるかに低い年間五ミリレム以下で管理されており、何等問題のない状況にあるのである。

控訴人らは、原子力発電所から、右に述べたように、自然放射線量に埋没してしまい、無視できるような極めて微量の放射能が放出されていることをもって、「放射能がばらまかれる」と主張しているのである。

(2) 微量な放射線被ばくの影響

原子力発電所から放出される放射能は、右に述べたとおり、周辺公衆の被ばく線量に対する線量目標値年間五ミリレムより十分低く、また、わが国の自然放射線による年間被ばく線量の地域差数一〇ミリレムと比べても十分低く、これら微量な放射線により、周辺公衆の健康に影響を与えるとは到底考えられないのである。

また、控訴人らは、微量な放射線被ばくでも人体に障害が発生することは、ムラサキツユクサの実験によって科学的に解明された事実である旨述べているが、仮に、ムラサキツユクサに放射線の影響が現われたとしてもムラサキツユクサの雄しべの毛の細胞と人間の細胞とでは、新陳代謝の条件も反応条件も大きく異なり、遺伝機構の回復機能等も明らかに異なるので、雄しべの毛の細胞の観察結果をそのまま直ちに人間に適用できないのは学問的にも周知のことである。

したがって、控訴人らの微量な放射線量でも重篤な影響があるかのような主張は、非科学的な主張といわざるを得ない。

(3) その他(労働者被ばくについて)

原子力発電所においては、請負会社ともに厳重な労働者の被ばく管理を実施して、許容被ばく線量(三か月三レム)を遵守することはもちろんのこと、できるだけ低減するための努力を行っており、島根原子力発電所についていえば、昭和六二年度には社員平均0.07レム、社員外平均0.09レムと極めて低い被ばく線量になっているのである。

また、全国の労働者被ばくの傾向は原子炉の基数が増えても総被ばく線量は逆に減少している。島根原子力発電所においても、応力腐食割れ等の予防的措置として配管取替工事等を主として昭和五五年度から昭和六〇年度にかけて実施したため、被ばく線量は大きく変動しているが、昭和六一年度二一七人レム及び昭和六二年度一九二人レムとなっており、一〇年前の昭和五三年度二九四人レムに比べて大幅に減少してきているのである。控訴人らの、島根原子力発電所におけるデータでは「ごく最近でも一〇年前と同程度の被ばくを生じている。」また、下請労働者に被ばく線量がシワ寄せされており「原発労働における非人間性の存続をうかがわすものである。」という主張は、原子力発電所の保全や被ばく低減のための努力等、実態を理解することなく、意図的に都合のよいデータのみを使用し誇大な表現をしているにすぎないのである。

(4) ビラ記載内容の虚偽と悪意について

前記のとおり、放射能の放出低減対策により周辺環境へ放出される放射能はごく微量にとどまるとともにこれらが周辺環境へ放出される際には、放射能の放出量等を厳重に監視し、安全を確認しているのである。これらの対策により、周辺環境へ放出される放射能はわが国の自然放射線による年間被ばく線量の地域差数一〇ミリレムの一〇〇分の一以下である年間0.1ミリレム以下とごく微量にとどまっているのである。このような対策、管理、放出の実態を敢えて無視し、多量の放射能が放出され、あたかも周辺住民に多大な影響を与えるかのごとき「常に放射能がばらまかれる」「その放射能がみなさんの頭の上に降ってきます」「山側の方に多く降りそそぐことになります」というビラの記載内容は、虚偽と悪意に満ちたものであるといわざるを得ない。

(二) 「大事故が起こらないという保障がない」等

(1) 暴走事故について

前記のとおり、わが国の原子力発電所は、万一何等かの原因で、原子炉の出力が急上昇したとしても、燃料及び冷却材を兼ねた減速材の温度が上昇することにより核分裂が鈍り、出力の上昇が自動的に抑えられるという固有の安全性を有している。また、原子炉の出力を制御する制御棒の引き抜きは、一本ずつ決められた手順で行われるが、出力の急上昇が生じないようにするため、制御棒の一本当たりの価値(原子炉出力を制御する効果の大きさ)を抑えるとともに、制御棒の引き抜き速度を制限しており、さらに、運転員が誤って制御棒を引き抜こうとしても引き抜きができないようにするなどの対策を講じているのである。これらの対策に加え、仮に、何等かの原因により出力が急上昇した場合には、異常を直ちに検知し、原子炉緊急停止装置により、全ての制御棒を緊急かつ自動で挿入して原子炉を停止するようになっており、異常が発生したら原子炉は必ず停止するのである。

控訴人らはこのような事故を防止するために講じられている設計上の安全対策に関して何等言及せず、容易に暴走事故が起きるがごとき主張をしており、誤った主張であるといわざるをえない。

(2) 事故例について

(イ) チェルノブイル事故は、昭和六一年四月二六日未明、ソ連ウクライナ共和国キエフ北方約一三〇キロメートルに位置するチェルノブイル原子力発電所四号機で発生したもので、炉心が損傷し、多量の放射性物質が外部環境に放出されるという事故であった。

事故を起こした原子炉は、ソ連が独自に開発した型式のもので、低出力時に炉心内で異常に蒸気泡(ボイド)が発生すると、出力の上昇及びこれによるボイドの増加が繰り返され、出力が急激に上昇するという特性を有する(わが国の沸騰水型原子炉では炉内のボイドが増加すると出力の上昇は抑えられる)うえに、事故時に原子炉を緊急に停止する際に重要な働きをする制御棒の挿入速度が、0.4メートル/秒で全挿入まで約一八秒もかかる(わが国の軽水炉では二〜四秒程度)という特性をもつ原子炉である。

これらの設計上の問題に対し、ソ連では、低出力時の長時間運転を禁止すること及び原子炉運転中も必ず所定の本数の制御棒を原子炉に挿入しておくこと(「反応度操作余裕」…ソ連炉特有の事項)を運転規則に定めて事故防止対策としていたが、このような安全上重要な事項が、単に運転員に対する規則という形でしか担保されておらず、設備面での対策は講じられていなかった。

今回の事故は、これらを背景とし、ある特殊な実験を行おうとした際に、低出力時の長時間運転、限度を超えた制御棒の引き抜き、という重大な運転規則の違反に加え、原子炉の自動停止回路を切る等、六項目にわたる運転規則違反により生じたものである。

これに対し、わが国の軽水炉は、原子炉自体が、低出力から高出力までのすべての運転範囲で、原子炉の出力が急上昇すると燃料及び冷却材の温度が上昇し出力の上昇が抑えられるという自己制御性を持っており、また、制御棒の緊急時の挿入速度は事故炉に比べて極めて速く、全挿入まで事故炉の四分の一程度となっている等、安全性の高い設計としているのに加え、運転員が誤って制御棒を引き抜こうとしても引き抜きができないようにする等の設備面の対策が講じられているのである。

さらに、運転管理面においても、過去の運転経験を教訓として人為ミス防止のため運転員の教育訓練の充実、資格制度の導入等運転管理体制の強化が図られており、チェルノブイル事故のような大事故は日本では起こり得ないとされている。

(ロ) 米国スリーマイル島原子力発電所で発生した事故(TMI事故)は、このプラント固有の設計・設備及び運転管理体制等の重大な欠陥により、機器の誤動作や運転員の誤操作が幾つも重なって発生した極めて特殊な事故であり、そのことは右事故発生時の経過をたどってみれば明らかであり、右のような特殊な事故の発生をもって、わが国の原子力発電所全般の安全対策に重大な欠陥があるということにはならない。なお、わが国では、右事故発生後直ちに国内原子力発電所の設備、運転管理体制等の総点検が実施され、右のような事故が起こることはないことが確認されている。

(ハ) わが国のトラブル事例について

昭和六一年度における事故、故障等の概要は、運転員が異常を見つけ点検のために原子炉を安全に停止したもの、異常状態が確実に検知されて原子炉緊急停止装置が正常に働いて原子炉が安全に自動停止したもの、及び定期検査により機器に異常な徴候を見つけ修理したものであったが、これらは、多重防護による事故防止対策で述べた異常の発生を防止するための対策の段階で事前に修理したもの、もしくは事故への拡大を防止するための対策の段階で原子炉が安全に停止したものであって、多重防護による事故防止対策の有効性が実証されたものである。さらに、わが国では、先に述べた多重防護による事故防止対策を確実に実施し、人為ミスが大事故につながらないよう万全の対策を行っていることは先に述べたとおりである。

(3) ECCSの有効性について

ECCSの設計にあたっては、その性能の評価は、各種実験結果をもとに、厳しい条件を設定して全体として安全上厳しい結果となるように作成された解析モデルを用いて行われているのである。このような解析モデルを用いて設備等の性能評価を行い、その有効性を確認する手法は、科学技術分野一般に広く認められているものであって、これを原子炉設備の設計の手法として用いることは合理的である。実際の原子炉での実験がなされていないことをもって、ECCSの性能についての疑問が永久に解決しないとし、その有効性を否定するのは、極めて非科学的といわざるをえない。

わが国からLOFT計画に参画、解析等に当たった、日本原子力研究所のLOCA研究委員会の報告の中で、相当量の冷却水が圧力容器内に蓄積し、ECCSの現行の設計の妥当性が明らかにされたと確認されている。さらに、同報告は、ECCSの有効性については約三〇回の実験結果から、現行のECCSの性能及びその安全評価解析が大きな安全余裕を持っていることがわかったとしている。また、ECCSが有効に作動し、相当量の冷却水が圧力容器内に蓄積する結果、燃料被覆管の温度は十分低く、燃料棒の破損も生じていないことがロフト実験により実証されているのである。

(4) 耐震設計について

前記のとおり原子炉が停止した後でも、崩壊熱を熱交換器を経て除去する残留熱除去装置が設置されており、この残留熱除去装置は二系統設置することによって多重性・独立性をもたせた極めて信頼性の高いものである。さらに付言すれば、この残留熱除去装置や原子炉緊急停止装置等の安全上重要な施設は、建築基準法で定められている一般建物の設計地震力の三倍の地震力に対して安全であるように設計されている。極めて耐震性の高いものである。

(5) ビラ記載内容の虚偽と悪意について

わが国の軽水炉は、前記のとおり、原子炉に固有の安全性を持たせるとともに、設計、製作、据付、運転にあたって、他産業レベルを数段上回る慎重な配慮を行い、異常の発生を防止するための対策、事故への拡大を防止するための対策、放射能が異常に放出されるのを防止する対策からなる多重防護による事故防止対策を講ずることにより、周辺住民の安全確保に万全を期しているのである。本件ビラ記載の「大事故が起こらないという保障がない。」「原子炉から出ているパイプが折れて水が漏れてしまうと、核燃料の熱で原子炉が熔け、建物まで熔かして地下水が一気に蒸気爆発を起します」との記述は、右に述べたわが国の軽水炉の安全確保対策に何等言及せず、徒らに読者の恐怖心を煽るもので虚偽と悪意に満ちたものである。

(三) 「漁場が完全に破壊される。」

(1) 温排水等について

原子力発電所において温排水が出ることは事実であるが、このことは火力発電所と同じ現象である。発電所を建設する際には、周辺環境の調査結果、温排水の拡散予測結果等を総合的に検討して最も適切な取放水方法が採用され、さらにその運転にあたっても、温排水は厳重な管理のもとにおかれている。

温排水の漁業への影響について、国、地方自治体及び企業等において永年温排水による影響調査が行われているが、わが国において漁業被害が発生した例は報告されていない。また、島根原子力発電所周辺において発電所の運転開始前の昭和四七年以降一〇年にわたって漁業者の方々の協力を得ながら各種の調査が継続的に実施されており、その結果、島根原子力発電所周辺の海は以前と変わっていないことが確認されている。このことは島根原子力発電所前面海域を漁区としている恵曇漁協組合長の、漁獲量の減少や品質低下はないという趣旨の発言からも明らかなとおりであり、また、島根原子力発電所周辺と島根県全体の漁獲量はほぼ相似的に変化しており、原子力発電所の温排水の影響と考えられるような有意な変化は見られない。

(2) ビラ記載内容の虚偽と悪意について

温排水が漁業に何等被害を及ぼしていないことは右に述べたところから明らかであり、、周辺海域の魚介類が死滅し、漁業が一切行えなくなるがごとき「漁場が完全に破壊される」というビラ記載内容が虚偽と悪意に満ちたものであることは疑うべくもない。

(四) 「島根原発の社員は地元の魚は食べません。」等

(1) 島根原子力発電所の実態について

島根原子力発電所の従業員が地元の魚を食べていること、あるいは子供が生まれていること等は、原判決事実摘示のとおりである。また、島根原子力発電所周辺の住民が地元で獲れた魚を食べていることは、鹿島町の御津婦人会会長が「この御津では、魚はよく獲れているし、また獲れた魚は、新鮮なのでおいしく食べています。」と発言していることからも明らかである。

控訴人らは、総理府の世論調査や伝聞に基づく久米証言及び一内科医の個人的見解を示し、原子力発電所の職員が原子力発電に不安を持つのは当然なことであり、したがって、島根原子力発電所の職員は地元の魚を食べず、子供も生まないようにしていると主張しているがごとくであるが、これは何等具体的根拠もなく、また、実態を全く無視した独断と偏見に基づく憶測にすぎないといわざるを得ない。

(2) ビラ記載内容の虚偽と悪意について

「島根原発の社員は地元の魚は食べません。」「その社宅に地元で取れた魚を売りに行っても、ほとんどの人は買わずに、松江のスーパーなどで冷凍魚を買っています。」「そこの奥さん達は『一日も早く他の職場に転勤させてほしい。』『通勤に時間がかゝっても、もっと発電所から離れた所に住みたい。』『他に転勤するまでは子供は生まない様にしよう。』と毎日主人と話しているそうです。」というビラの記載内容は事実無根であり、しかも、その記載内容は、子供を生まないということを、「そこの奥さん達は」「毎日主人と話している」と記載して、ほとんどの夫婦の間において、毎日右のような会話がなされているかのように、単なる虚偽にとどまらず、それをさらに誇張させたものや、伝聞を勝手な憶測でさらに歪曲し、あたかも事実であるかのごとく記述したもの等、まさに虚偽と悪意に満ちた記載以外の何ものでもない。

(五) 「エネルギー危機は作り話である。電力不足はウソである。」等

(1) 現在、石油需給が緩和しているのは事実であるが、中長期的には石油需給が再び逼迫化に向かう可能性が強いことが各方面から指摘されており、こうした見込みは各国政府が諸施策を講じていく際に、最も基本的な前提として認識されているところである。

(2) 代替エネルギーについて

通商産業省資源エネルギー庁内の新エネルギー導入ビジョン研究会の報告によれば、周辺機器を含めた太陽電池のシステム(太陽光発電)の価格は、一九九〇年においても「八〇〇〜一二〇〇円/Wp(キロワットあたり八〇万〜一二〇万円)」と見込まれており、キロワットあたり二〇万円という数字は一ワット一〇〇円から二〇〇円、周辺コストも同じに持っていければという太陽電池開発当事者の希望を述べたものにすぎない。さらに、同報告は、太陽電池実用化のための長期的な研究開発の課題として、例えば、低コストシリコン製造技術、高効率多結晶薄膜シリコンセル製造技術、高性能・高信頼性アモルファスシリコンセル製造技術等の要素技術の研究開発をあげている。このような現状からすれば、太陽電池が容易に大規模電源に代替しうるものでないことは明らかである。

なお、本件ビラにあるのは「太陽熱発電」であるが、仮に控訴人らが主張するとおり本件ビラは太陽熱発電と太陽電池の双方について記述したものであるとしても、太陽熱発電は既に研究開発が中断されており、一方、太陽電池もビラ配布から約一〇年を経た現在でも特殊用途のものを除き実用化されていない。また、風力発電等他の代替エネルギーにしても電力供給に大きな役割を果たしていないことは公知の事実である。

(3) 需要想定と需要実績との関係について

控訴人らは、昭和五三年に作成・配布したビラの記載内容が事実であることを証明せんがために、被控訴人が昭和五三年度に発表した昭和六二年度の電力需要想定値と昭和六二年度の需要実績との間に差異があることを執拗に主張している。しかし、ビラを作成した昭和五三年当時納得性のあるデータを示し、被控訴人の需要想定の適否を争ったのであれば、ビラの記載内容が事実であるか否かを判断するうえで意味があるが、そのような事実はなく、単に想定と実績に差異がでたという結果論だけをもって、昭和五三年に作成したビラの記載内容が正しいと主張するのは、全く意味のないことである。

被控訴人会社を含め、電力会社は一〇年先の需要を想定し、電力の安定供給を最大の責務として電源開発を進めている。需要は、景気の変動・気温変化により大きく影響を受けるものであり、時により需要想定が上下にぶれることは当然であり、そのため毎年適切な修正を行っているのである。電力会社は、その使命を全うするため上方修正の可能性に常に対応できる設備を用意する必要があり、リードタイムの長い発電設備をつくりあげていくためには、長期的視点に立って電源開発に取り組む必要があるのである。

(4) ビラ記載内容の虚偽と悪意について

需要想定は、政府の経済見通し等を基に、日本電力調査委員が策定したわが国では最も権威のある経済見通しを前提としており、その策定時点における妥当性は疑いようのないものである。昭和五三年当時の需要想定についても、その例外ではなく策定時においては妥当なものであり、控訴人らが、当時、被控訴人の需要想定以上に妥当性のある想定をしていたとは考えられず、かえってビラ記載内容においては電力不足を前提にして、計画的な夏休みや太陽熱発電で対処すべきであると主張している。このことから、昭和五三年当時において、控訴人ら自身が電力不足の事態を想定しながら、なおかつ「電力不足はウソである。」との記載をしていることは容易に推定できるのであり、控訴人らの、「電力不足がウソであったことは、過去一〇年間の最大電力の伸びと供給力の比較からみても明白である。」との主張は全くのいいがかりにほかならない。

また、ビラ記載内容の太陽熱発電は既にその研究開発すら中断されており、太陽熱発電が費用さえかければすぐにでも原子力発電の代替的役割を果たすことができるかのごとき表現は、明らかに虚偽の事実を記載したものである。なお、太陽熱発電と太陽電池との違いについては既に指摘しているところであるが、仮りにビラ記載内容が太陽熱発電と太陽電池の双方を記載したものであるとしても、ビラ配布後一〇年を経過した今日においてさえ、太陽電池の開発状況は前記のとおりであり、控訴人らの主張は、供給責任の完遂を経営方針にかかげて、日夜努力している被控訴人の従業員にあるまじき無責任な放言といわざるを得ない。

さらに、「太陽熱ではウランや石油が売れなくなってもうからないから、本気でやらない。」との表現は、地域住民等に誤解を与えるだけでなく、電気料金の長期安定のため徹底的な効率化をはかっている被控訴人が太陽熱発電に取り組まないことがいかにも怠慢であるかのごとき印象を与え、被控訴人の信用を著しく失墜させるものである。

(六) 「電気料金が高くなる。」

(1) 発電コストについて

発電原価を考える場合、運転期間の長い発電所においては、長期的な観点からの経済性評価が重要である。長期的にみた耐用年発電原価をみると、昭和六二年一二月に発表された通産省資源エネルギー庁の試算によると昭和六二年度に運転開始するモデルプラントの電源別耐用年発電原価は、原子力は九円程度、石炭火力は一〇〜一一円程度、石油火力は一一〜一二円程度であり、原子力発電の優位性は明らかである。また、放射性廃棄物の最終処分・原子炉廃止措置に係わる費用を考慮しても、原子力発電が経済的優位性を有すこと及び二〇〇〇年における各電源別の耐用年発電原価についても、原子力発電の経済的優位性は保たれるとされている。

(2) 総括原価方式について

事業報酬(適正報酬)は、一般企業でいう利益ではなく、設備投資などに必要な資金の支払利息などの金融費用を含むものである。

したがって、仮に原子力開発を進め事業報酬が膨らんでも、その投資額に応じ資金コストも増加するので利益が確保されるわけではない。やみくもに設備投資を増やせば、減価償却費や固定資産税の他に、支払利息などが増加し、かえって収支を圧迫することになるのであり、原子力開発を推進するのは電力会社が利益を追及せんがためであるかのごとき控訴人らの主張には、総括原価方式についての初歩的な誤解がある。

被控訴人が原子力開発を推進するのは、長期的にみて原子力発電は火力発電に比べ発電コストが安く、しかも為替レートや原油価格など外部要因の影響を受けにくい為、電気料金の長期安定をはかることができるからである。このことは、被控訴人の従業員である控訴人らは、当然承知しているはずである。

(3) ビラ記載内容の虚偽と悪意について

原子力開発のコストが他電源に比べて経済的であることは右のとおりであり、読者に原子力発電により必ず電気料金が高くなると即断させる恐れが十分にある本件ビラ記載内容は、何等根拠のない虚偽のものである。

(七) 「核の軍事利用に道を開く。」

わが国では、原子力基本法二条により原子力の研究、開発及び利用は平和目的に限られており、また、わが国は核兵器の不拡散に関する条約を批准し、原子力が軍事利用に転用されないことを確認するため、核物質を保有する全ての原子力施設について国際原子力機関(IAEA)の査察(保証措置)を受け入れているのであり、核の軍事利用には国内的にも国際的にも歯止めがあるのである。さらに、日米新原子力協定についていえば、米国議会で何等の付帯条件も無しに承認されているのである。

控訴人らは、このような事実に何等触れることなく、自己に都合の良い事のみを引用し本件ビラ記載内容を正当化しようとしているにすぎないのであり、原子力の平和利用を推進することがあたかも核武装化につながるかのごとき「核の軍事利用に道を開く。」との本件ビラ記載内容は、何等根拠のないものといわざるを得ない。

(八) 本件ビラ作成・配布過程における悪意

原子力発電の是非をめぐる問題は極めて重要な問題であり、このような問題に関してビラを配布することは多方面に多大な影響を与えるものである。特に原子力発電所建設予定地の住民にとっては、その建設を受け入れるか否かの決断に影響を与えるものである。それ故に、被控訴人の従業員がこのような問題についてビラを作成する場合には、特にその影響の深刻さを考えて、その内容が事実に反するものではないか、単なる憶測や独断に基づくものではないかを慎重に検討し、地域住民はもちろん社会一般に対し不安や誤解を抱かせたり、会社の信用を失墜させたり、会社の業務を不当に妨害したり、職場秩序を乱したりしないように十分配慮することが要請されているというべきである。

しかるに、控訴人らは、被控訴人の従業員であれば、本件ビラ記載内容が虚偽であることを知っていたか、あるいは、調査をすれば容易に真実を知りえたにもかかわらず「島根原発の社員は地元の魚は食べません。」「『他に転勤するまでは子供は生まない様にしよう。』と、毎日主人と話している。」等ことさら虚偽の記載をし、また、自己の主張に反する原子力発電所の安全管理対策等の事実については本件ビラに何等記載しないという方法をとることによって、読者に誤解や恐怖心を与えている。

控訴人らは、「科学者から原発のメカニズム等の科学的事実を学び学習して、本件ビラを発行・配布したものである。」と主張するが、本件ビラの記載内容をみるに、その学習は多くの科学者の見解を広く学んだものではなく、特定の立場、極端な原発反対の立場に立つ科学者の意見のみに偏っているものではないかと疑わざるをえない。さらに、いかに偏った立場の科学者に学んだとはいえ、科学者から原子力発電のメカニズム等を学んだというからには、原子力発電所の安全管理対策の実態等についても知りえたはずであるが、本件ビラ記載内容はそれらの事実には一切触れることなく、危険性のみを一方的に誇張して読者に恐怖心を抱かせるものであり、その行為は極めて悪質なものである。

また、控訴人らが本件ビラを作成するにあたり、「島根原発の社員は地元の魚は食べません」「『他に転勤するまでは子供は生まない様にしよう』と、毎日主人と話している。」等の記述内容の根拠としたとしている島根原子力発電所で働く従業員に関する事実関係については、そのような事実が存在しているか否かについて事実確認を行ったという形跡は全くなく、かかる控訴人らの行為は無責任きわまりないものといわざるをえない。

4  本件ビラ配布に伴う影響

本件ビラは、その作成・配布が被控訴人の従業員によってなされたが故に、多方面に重大かつ深刻な影響を与えている。ビラ配布行為が社内外に与えた影響ならびに業務に与えた支障については、原判決事実摘示のとおりである。

5  懲戒処分の正当性

(一) 清水英介元電産本部執行委員長(本件ビラ作成・配布当時電産本部副執行委員長)が、電産山口県支部書記長在任当時に、長周新聞に寄稿した論文からも推認されるように、電産労組の反原発闘争の真意は被控訴人に対する闘争にあり、核エネルギーの利用、即ち原子力発電そのものは肯定しながら、控訴人らのいう独占資本である被控訴人が原子力発電所を計画し建設するが故に、これに反対し阻止するということにある。即ち、安全性等のためではなく、闘争目的のためにのみ原発を利用しているにすぎないのである。

また、本件は、電力の安定供給という社会的使命を果たさんと努力している被控訴人と労働契約を締結している控訴人らが、被控訴人の円滑な業務運営を阻害することを企図し、虚偽と悪意に満ちたビラを作成・配布したもので、たとえその行為が勤務時間外に会社施設を離れて行われたものであっても、かかる行為に対し、企業秩序維持の為、懲戒処分を行いうることは当然である。

(二) 本件ビラの虚偽と悪意ならびにビラ配布に伴う影響については、前記3及び4のとおりであるが、控訴人らの行為は、被控訴人の推進しようとする事業があたかも不当な事業であるかのような表現を用いて被控訴人の体面を傷つけ、また、地域の住民や関係各方面に誤解や不安を与えて被控訴人が推進しようとする事業を著しく困難にさせ、さらには、原子力発電の推進に積極的に取り組んでいる被控訴人の大多数の従業員の努力を踏みにじるとともに、特に原子力発電所建設の仕事に直接携わっている従業員の業務を妨害するなどの影響を及ぼしたもので、被控訴人の従業員としてあるまじき背信行為であり、かかる行為に対して、使用者が企業秩序を維持し企業の円滑な運営を図るために就業規則に基づいて懲戒処分を行いうることは当然である。そして、本件ビラの作成・配布に係わる行為は、職員就業規則六四条一項三、四号に該当するものであり、被控訴人が控訴人らに対して行った懲戒処分は正当なものである。

(三) さらに、控訴人らが主張する思想・良心の自由、表現の自由についていえば、前記3及び4で述べたような、虚偽と悪意に満ちたビラを作成・配布し、被控訴人の企業活動を妨害する控訴人らの行為が、憲法一九条、二一条の埓外にあることはいうまでもない。したがって、本件懲戒処分は懲戒権の濫用であろうはずはなく、また、何等憲法の各条に反するものではない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一次の事実は当事者間に争いがない。

1  当事者について

被控訴人は、中国地方において電力の発電、供給を主事業として、肩書地に本店、山口市中央二丁目三番一号に山口支店、他四県に支店、営業所等を置く株式会社である。

控訴人山本は昭和三一年四月一日入社し、現在山口支店電力担当に、同平川正は昭和二四年一〇月五日入社し、現在山口支店防府営業所配電課に、同冨本は昭和四〇年四月一日入社し、現在山口支店徳山電力所送電課に、同吉牟田は昭和三二年四月一日入社し、現在山口支店柳井営業所配電課に、同星野は昭和二七年九月八日入社し、現在小野田発電所電気課に、同中村は昭和二七年五月一日入社し、現在山口支店長門営業所配電課にそれぞれ勤務する者である。

控訴人らは、電産労組山口県支部に所属する組合員であり、控訴人山本は電産労組山口県支部委員長、同平川は同支部副委員長・防府分会委員長、同冨本は同支部書記長、同吉牟田は同支部柳井分会書記長、同星野は同支部副委員長・小野田分会委員長、同中村は同支部長門分会委員長(昭和五三年四月一二日当時長門分会書記長)の役職にある。

2  本件ビラの発行、配布について

控訴人山本、同星野、同平川、同冨本は、原判決添付別紙(二)記載のビラ(以下「本件ビラ」という。)を発行し、昭和五三年三月一一日就業時間外に職場外で、山口県豊浦郡豊北町一帯の住民に配布させ、その配布させた行為について同月一五日被控訴人から厳重な警告があったのに、さらに同月一八日就業時間外に職場外で本件ビラを配布させた。

控訴人吉牟田、同中村は、右警告があったにもかかわらず、同月一八日前同様豊北町一帯の住民に本件ビラの配布をした。

3  本件ビラの記載内容は原判決添付別紙(二)記載のとおりであり、就業規則六四条一項三号、四号の規定は同別紙(三)記載のとおりである。

4  本件懲戒処分について

被控訴人は、控訴人らに就業規則六四条一項三号、四号に該当する事由があったとして、昭和五三年四月一二日、控訴人らに対し、本件懲戒処分をし、控訴人山本につき二か月分の賃金三九万八二一六円を、同平川につき一か月分の賃金二四万〇七〇一円を、同星野につき一か月分の賃金二六万一八二〇円を支払わず、また、同吉牟田から賃金の半日分に当たる三四六三円を、同中村から賃金の半日分に当たる四一〇七円をそれぞれ差し引いた。

二本件懲戒処分の当否について判断する。

1  本件懲戒処分に至る経緯について

〈証拠〉によれば、次のとおり認められる。

(一)  被控訴人は、昭和五二年六月一三日山口県豊浦郡豊北町に原子力発電所を建設する計画を発表し、地元の山口県と豊北町にその申し入れを行い、同年七月一日山口原子力準備本部を発足させ、原発の建設計画の準備を進めてきた。

(二)  これに対し、同年六月一四日、矢玉漁業協同組合は原子力発電所建設反対の意思を表明し、その他の漁協も反対の決議をし、同年六月二二日豊北町の九つの漁協が豊北原発連絡協議会を結成して、同年七月原発反対漁民総決起集会を開いた。

(三)  原発建設反対の基調と方針をとってきた電産労組は、同年六月一四日、豊北原発建設反対の意思表明をし、電産労組山口県支部大会においても、ストライキをかけ、住民、農漁民との共同闘争を発展させ、建設を阻止するため奮闘するとの方針を決定した。

(四)  昭和五三年一月四日山口県知事が、「環境調査の機は熟したので豊北町に協力要請する。」との発言をし、同月二三日には国が立地環境調査を促進する地点として豊北町の原発建設予定地を重要電源に追加指定し、同月三〇日には、山口県も豊北町長に対して、事前環境調査の促進協力を知事名で文書要請した。

(五)  同年二月六日、原発反対住民の抗議集会が豊北町役場前で開催され、豊北町長は約一一時間にわたって原発反対住民から追及を受け、環境立地調査の受け入れを拒否する旨の声明を発表した。

(六)  豊北町議会での賛否の勢力は伯仲していた。昭和五三年三月一日環境立地調査可否を決めるための全員協議会が公開して開催されたが、その日には結論が出ず、定例議会終了の同年七月まで持ち越しとなった。

(七)  原発に推進的な立場をとる住民らは、同年一月二七日原発研究会を発足し、同年二月末頃には右研究会を基盤とする「明日の豊北町を考える会」の発足準備を始め、同年三月一〇日に正式に発足し、原発推進の署名運動等が行われた。

(八)  被控訴人は、原発建設計画発表以来、原発の安全性、必要性等について理解を得てもらうため、地元住民に対して、説明会を開催したり、戸別に対話訪問をしたりして、原発建設の推進運動を進めてきたが、右のような情勢から、昭和五三年三月当時はさらに一層ねばり強い努力をしていかなければならない事態に立たされていた。

(九)  電産労組山口県支部は、同年一月二八日、同支部執行委員会において、現地住民との交流強化とビラの配布を決定し、同年二月二三日開催の電産中国地方本部執行委員会でビラの配布が了承された。同月二八日開催の電産労組山口県支部常任執行委員会においてビラ配布の内容が決定された。

控訴人山本は電産労組山口県支部委員長として、控訴人平川は同支部副委員長及び防府分会委員長として、控訴人星野は同支部副委員長及び小野田分会委員長としていずれも本件ビラの発行、配布の企画、決定、実行に当たり、指導的役割を果たした。控訴人吉牟田、同中村は、昭和五三年三月一五日被控訴人が本件ビラ配布をしないように警告したにもかかわらず、同月一八日これを無視して配布した。

控訴人らは、豊北町の農村部や山側の地域が、関心が薄く、反対運動が弱かったため、その一帯に重点的にビラを配布することとし、一回目の三月一一日は豊北町の滝部地区を中心に、二回目の同月一八日には山側の田耕地区や栗野地区を主として、いずれも住民の各家庭を戸別に訪問して、直接手渡したり、郵便受けに差し入れたりして、本件ビラを配布した。その枚数は約八〇〇枚であった。

以上のとおり認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  控訴人らは、本件ビラ配布行為は、就業時間外に職場外で行われたもので、労働提供に関係のない行為であり、したがって、就業規則の適用はなく、懲戒処分の対象となりえない旨主張する。そして、本件ビラ配布行為が、被控訴人の就業時間外に職場外で行われたものであることは前記のとおりである。

しかしながら、労働者は、労働契約を締結して雇用されることによって、使用者に対して労務提供義務を負うとともに、企業秩序を遵守すべき義務を負い、使用者は、広く企業秩序を維持し、もって企業の円滑な運営を図るために、その雇用する労働者の企業秩序違反行為を理由として、当該労働者に対し、一種の制裁罰である懲戒を課することができるものであるところ、右企業秩序は、通常、労働者の職場内又は職務遂行に関係のある行為を規制することにより維持しうるのであるが、職場外でされた職務遂行に関係のない行為であっても、企業の円滑な運営に支障を来すおそれがあるなど企業秩序に関係を有するものであるから、そのような行為をも規制の対象とし、これを理由として労働者に懲戒を課することも許されると解するのが相当である(最高裁一小判決昭和五八年九月八日裁判集民事一三九号三九三頁参照)。よって、控訴人らの右主張は採用できない。

3  本件ビラの記載内容の当否について

被控訴人は、本件ビラの記載内容がいずれも虚偽と悪意に満ちたものであると主張し、控訴人らはこれを争うので、以下検討する。

〈証拠〉(本件ビラ)によれば、本件ビラの記載内容は原判決添付別紙(二)記載のとおりであり、まず「中国電力の社員も原発に反対しています。」と大見出しと一段落下の「島根原発の社員は地元の魚は食べません」との見出しが強く読者の興味と注意を引くものであり、「中国電力としてはたしかに私達のクビを切りたいのです。しかし、反対しているのは、一人や二人ではありません。何百人、何千人という労働者をクビにしたら大変です。」などの記載とあいまって、島根原発の社員を含め被控訴人の社員の多数がビラに記載されているような考えをもって原発に反対している印象を与えるとともに、「被控訴人の島根原発の社員は地元の魚は食べません」との右見出しのもとに、「その社宅に地元で取れた魚を売りに行っても、ほとんどの人は買わずに、松江のスーパーなどで冷凍魚を買っています。」「そこの奥さん達は『一日も早く他の職場に転勤させてほしい』『通勤に時間がかかっても、もっと発電所から離れた所に住みたい』『他に転勤するまでは子供を生まない様にしよう』と、毎日主人と話しているそうです」と記載して、島根原発で働く社員及び家族が毎日その記載のような不安な生活を送り、原発が危険なものであることは島根原発の社員らが最もよく知っている、という内容のものであることが認められる。

さらに、本件ビラは、原発の危険性について、「常に放射能がばらまかれる」「山側の方が放射能が多く降る」との小見出しのもとに、「これ(煙突)は、発電所の中の放射能で汚染された空気を大気中に吐き出すためのもので、その放射能がみなさんの頭に降ってきます。・・・阿川、栗野、滝部、田耕など山側の方に多く降りそそぎます。」などと原発が多量の放射能を放出し、周辺の住民に多大な影響を与えるかのように記載したり、「漁場が完全に破壊される。」と原発建設により周辺の魚介類が死滅し、漁業が一切行えなくなるかのように記載し、さらに「大事故が起らないという保障がない。」、「大事故が起れば豊北町は全滅」、「もし原子炉から出ているパイプが折れて水が漏れてしまうと、・・・地下水が一気に蒸気爆発を起こします。すると原子炉の中にある死の灰が空高く舞い上がり、・・・その死の灰の量は広島型爆弾の千倍です。」などと記載して、原発が現在すでに危険な施設であり、その被害が巨大なものであるとの認識、印象を与えるものであること、また、「石油は三十年で無くなるのか」「電力は本当に足らないのか」との小見出しのもとに、「中電は、『このまま行けば、あと三十年で石油は無くなる』と言っていますが、・・・この三十年説には何の根拠も無いのです。『無駄使いしなければ当分無くなる心配はない』というのが科学者の一致した見解です。」、「エネルギー危機は作り話である、電力不足はウソである。」と記載して、原発が不要のものであることを読者に認識、印象づけていること、また、「電気料金が高くなる。」として原発の建設が電力の小口消費者の経済的利益につながらないことを認識、印象づける内容のものであること、被控訴人の原子力準備本部の車両のナンバーを記載して、ビラを読む者に注意を喚起していることが認められる。

そして、本件ビラは、以上の各記載により、原発がいかに危険なものであるかということ、原発を建設する必要のないこと、原発の建設が電力の小口消費者の経済的利益につながらないことを強く訴え、被控訴人が発表した豊北原発の建設計画の阻止を狙ったものであることが認められる。

(一)  「中国電力の社員も原発に反対しています。」等について

〈証拠〉によれば、被控訴人には、中国電労と控訴人らの所属する電産労組があり、昭和五三年三月当時、二つの労働組合員数合計約一万〇四七〇人のうち、中国電労所属の組合員が九六一〇人位以上おり、電産労組所属の組合員が八六〇人位おり、構成率でいうと、全体の九二パーセントが中国電労、八パーセントが電産労組であったこと、そして、中国電労は一貫して原発建設に賛成していることが認められ、右認定事実によれば、被控訴人の労働組合員の大多数は原発建設に賛成していることが認められる。〈証拠〉によれば、原発に反対を表明して、中国電労本部執行委員選挙に立候補し落選した中国電労所属の岡野満一、仲谷元が、中国電労山口県支部組合員二二〇九人のうち合計二一〇票を得ていることが認められるが、右事実は右認定を左右するに足りない。したがって、本件ビラの、被控訴人の社員の多数が原発に反対しているとの印象を与える右記載部分は事実に反するものであり、いたずらに地域住民に被控訴人に対する不信と誤解の念を抱かせるものであるというべきである。

(二)  「島根原発の社員は地元の魚は食べません」等について

〈証拠〉によれば、島根原発で働く社員及びその家族の社宅には、地元で取れた魚を行商が売りに来ており、同社員らは、この地元の魚を買って食べて、生活していること、なかには原発の構内で釣れた魚を食べていること、島根原発に勤務する社員は本件ビラに記載のような意識を持っておらず、職員は島根原発で勤務を続けたいと希望していること、島根原発の社員の家庭で昭和四八年四月頃から昭和五三年四月頃までの五年間に生まれた子供は約六五人であり、これは被控訴人の全社平均の約二倍で、しかも地元の女性と結婚した社員は一〇人位以上おり、そのうちすでに昭和五三年四月当時三人の子供が生まれていることが認められる。

右記載部分について、当審における証人久米三四郎(以下「証人久米」という。)は、福井県の敦賀原発周辺の住民が地元の魚は食べる気がしないと言っていたと証言しているが、一方、電力会社の社員から直接聞いたことはなく、原発の社員が地元の魚を食べないかとの質問には答えられないと証言しており、証人久米の証言は右認定を左右するに足りない。また、福井県の敦賀原発に関する〈証拠〉(新聞記事)や〈証拠〉(ビラ)も右認定を左右するに足りない。そして、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、島根原発の社員らの日常生活の実態に関する前記各記載は事実に反するものといわなければならない。

(三)  「常に放射能がばらまかれる」等について

(1) 原子力発電の仕組み

〈証拠〉によれば、次のとおり認められる。

① 原子力発電は、火力発電のボイラーが原子炉に置きかわり、その中で使われる燃料が石炭や石油などの化石燃料からウランなどに置きかわったものである。原子炉は、ウランの核分裂によって発生するエネルギーを有効に取り出す装置で、この原子炉を構成している要素には、核分裂をおこす核燃料、核分裂によって新しく発生した中性子を次の核分裂をおこしやすい状態にするための減速材、発生した熱を取り出すための冷却材、核燃料の燃えかたを加減する制御棒、原子炉からの放射線をさえぎるしゃへい材などがある。原子炉はこれらの構成要素の違いによっていろいろな種類に分けられるが、わが国で主に建設、運転されているものは軽水炉であり、この軽水炉は、現在、世界で実用化されている炉の中で一番多く建設されている。

② 軽水炉には、沸騰水型炉(BWR)と加圧水型炉(PWR)の二種類があり、沸騰水型は、原子炉の中で蒸気を発生させ、それを直接タービンに送る方式であり、加圧水型は原子炉で発生した高温高圧の熱湯を蒸気発生器に送り、そこで、別の系統を流れている水を蒸気に変えてタービンに送る方式である。被控訴人が採用している原発は沸騰水型炉である。

以上のとおり認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(2) 平常運転時における放射線管理

〈証拠〉によれば、次のとおり認められる。

① 原子力発電所の平常運転時に、ごく微量の放射性物質が放出されることは避け難いが、種々の放出低減対策を講ずることにより原子力発電所から放出される放射能を極力低減するよう管理されている。

まず、原子力発電所では、放射性物質を閉じ込めるための防壁は大きく分けると五重の構造になっている。まず、ウランの核分裂によって発生する放射性物質は大部分がペレットの中にとどまり、ペレットの外部に出た少量の放射性希ガスは被覆管(ペレットを密封する、ジルカロイという丈夫な金属管)の中にたまり、外には出ないようになっている。何らかの原因により原子炉運転中に被覆管にピンホールが生じ、希ガスが漏れたとしても、頑丈に作られた圧力容器でおおい、気密性を保っているので、一次冷却材中に漏れた放射性物質は外部に出ないようになっている。右圧力容器の外側には、さらに鋼鉄製ないしコンクリート製の格納容器という防壁があって、主要な原子炉施設を包み込んでおり、さらに一番外側には厚いコンクリートで作られた原子炉建屋があって、放射性物質が外に出るのを防止している。また、原子炉で発生した熱エネルギーを取り出してこれをタービンに伝えるための冷却材は、閉じた回路の中を回るだけで、そこから外へ出ることはできないので、冷却材の放射化された不純物も外に出ることはできず、浄化装置の中を通過することにより常時取り除かれている。

② 原子力発電所で発生する放射性物質のうち気体状のものは、放射能減衰タンクや活性炭式希ガスホールドアップ装置によってその放射性物質の濃度を減らし、フィルターにかけて粒子物質を除いた後、放射性物質の濃度を測定して安全を確かめたうえ、大気中に放出される。液体状のもので、洗濯水などの放射能レベルの極めて低いものは、放射性物質の濃度を測定して安全を確かめた後、冷却用海水で薄めて海へ排出される。その他の液体は、フィルターやイオン交換樹脂でろ過、脱塩され、あるいはエバポレーターで蒸発濃縮され、そこで生じた水の多くは再利用し、濃縮液はセメントやアスファルトなどで固化し、ドラム罐につめられ、放射性固体廃棄物貯蔵庫に保管される。個体状のもののうち、フィルター・スラッジや使用済イオン交換樹脂のような放射能レベルが高いものは貯蔵タンクで長期間貯蔵し、十分放射能の濃度を減らしてからドラム罐につめ、紙や布などのような放射能レベルが低い雑固体廃棄物は、圧縮、焼却などして、量を少なくしてからドラム罐につめ、放射性固体廃棄物貯蔵庫に安全に保管される。

③ 国際放射線防護委員会(ICRP)は、放射線を浴びる量や放射性物質の濃度につき厳しく勧告し、わが国の放射線審議会は右勧告の内容に沿って、公衆の受ける放射線量の限度は年間五〇〇ミリレム(医療、自然放射線を除く。)と定められており、通常運転時に原子力発電所から出される放射性物質の放出管理については、その濃度が、この基準に合っていることはもちろんのこと、放射性物質の放出を合理的に達成可能な限り低くという方針がとられ、昭和五〇年五月、原子力委員会によって「発電用軽水炉型原子炉施設周辺の線量目標値に関する指針」が定められ、通常運転時において原子力発電所から放出される放射性物質により公衆が受ける線量の目標値を年間五ミリレム(全身)としている。この年間五ミリレムという値は、中国五県における年間自然放射線量九五ないし一〇一ミリレムと比べても約二〇分の一と小さく、また、岐阜県(年間一一三ミリレム)と神奈川県(年間七五ミリレム)との自然放射線量の地域差年間約四〇ミリレムと比べても一〇分の一程度と小さい値であり、自然放射線量に埋没する程度の全く問題にならない非常にわずかな量でしかない。わが国の軽水型原子力発電所の放出実績による周辺公衆の受ける線量は、いずれもわが国の自然放射線による年間被ばく線量の地域差数一ミリレムの一〇〇分の一以下である年間0.1ミリレム以下と全く無視できる値となっている。

④ 電力会社は、原発の周辺の海底土、土壌、農作物、水産物、畜産物などいろいろなもののモニタリング(放射線の量や放射性物質の濃度を連続的に又は一定の頻度で測定し、監視する放射線監視)を行い、放射線が周辺に影響を与えていないかどうかを確認している。その結果は、例えば県の月報などで公表され、また、県の衛生研究所などでも測定を行っており、年度の当初にはモニタリングの方法、計画及びその結果の評価などについても公表し、電力会社の測定結果と有意な差がないことが示されている。

⑤ 原子力発電所では、作業員の厳重な放射線管理を行うため「管理区域」を設けている。この管理区域で働くためには、電力会社の社員も請負業者の作業員も、法令で定められた健康診断、受けた放射線の量の確認、放射線管理についての教育などを受けなければならないことになっている。また、放射線管理を徹底するため、従事者の受けた放射線の量は放射線登録管理制度により放射線従事者中央登録センターへ登録される。そして、放射線管理に万全を期するため、従事者はセンターで発行される放射線管理手帳を携帯することになっている。また、作業に当たっても、熱けい光線量計やフィルムバッジなどの測定器により、常に作業者の受けた放射線の量が測定されるのはもちろん、作業者の受けた放射線の量を法令で定められた線量限度(三か月三レム)以下にするとともに、作業内容などの改善によりさらに低く抑えるための努力がなされている。島根原発についていえば、社員外従事者を含めた年間の平均被ばく線量は、昭和五三年度から昭和六一年度までは、昭和五七年度の0.39レム、昭和五八年度の0.32レム以外は0.12レムないし0.21レムの間を推移し、昭和六二年度には0.09レムと極めて低い線量になっている。

以上のとおり認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(3) 低線量放射能の人体への影響

〈証拠〉によれば、放射線の人体に対する影響には、放射能を受けた個人に現れる身体的影響とその子孫に現れる遺伝的影響があること、身体的影響には、ある量の放射線を浴びた場合に例えば白血球減少症のように放射線を受けてから数週間以内に現れる急性効果と、例えば白血病のようにかなり長い潜伏期間を経て現れる晩発性効果があることが認められる。

ところで、放射線による障害には、受けた線量がある線量以下ならば安全であるという限界線量(しきい値)が存在するかどうかについて、〈証拠〉によれば、しきい値は存在しないとする見解があることが認められる。他方、〈証拠〉によれば、晩発性効果の白血病やガンについて、放射線によって誘発される白血病に関しては、原爆による被爆者などの結果から、五〇ないし一〇〇レム以上の高い放射線量に対しては白血病の発生率と放射線量との間には直接関係があるが、それ以下の低い線量においても線量と発生率との間に直接関係が成り立つのか、またある線量以下では白血病やガンが発生しないしきい値が存在するかどうかについてはっきりした知見はないこと、遺伝的影響についても、人間についての実証データはなく、ショウジョウバエやマウスなどの実験動物を使って実験したところでは、ある放射線量以上に対して放射線量と遺伝子突然変異の発生数は比例することが確かめられているが、それ以下の少ない線量については、まだ確かな実験的根拠もないこと、国際放射線防護委員会(ICRP)では、しきい値が存在するかもしれないことは認めるが、現在のところ積極的にこれを肯定する知識がないので、低線量でも線量に比例して障害の危険があるという仮定が放射線防護の基礎として最も合理的であるとの考え方をとっていることが認められる。

〈証拠〉によれば、市川定夫博士らは、ムラサキツユクサの実験によって、一レム以下の低線量の領域まで比例関係が成り立つと結論して、微量な放射線被ばくでも人体に障害が発生するとの見解を述べていることが認められる。しかしながら、これに対しては、〈証拠〉によれば、ムラサキツユクサは放射線に特に敏感な植物であるうえ、放射線以外の環境中にある化学物質や温度、湿度などにも敏感なので、これらの影響を排除しなければ実験の意味がないこと、そのうえ、人間の放射線に対する影響を知るには、細胞の構造ができるだけ人間に近い生物を使った実験でなければ意味がなく、ムラサキツユクサの実験結果を、直ちに人間に適用できないのは学問的に周知のことであることが認められる。

(4) 以上のとおりであって、平常運転時に原発から放出される放射性物質の量は自然放射線量に埋没してしまうような極く微量であるのに多量の放射能が放出され、あたかも周辺住民に多大な影響を与えるかのような「常に放射能がばらまかれる」「その放射能がみなさんの頭の上に降ってきます。」「山側の方に多く降りそそぐことになります。」という記載は、事実を著しく誇張した記載というべきである。

(四)  「漁場が完全に破壊される。」について

(1) 原発からの温排水

〈証拠〉によれば、次のとおり認められる。

① タービンを回した蒸気は、復水器に送られ、そこで海水によって冷却されて水にもどり、再び原子炉に送られるが、冷却用海水は海へ放出される。その放出時に、その水温は取水した時の水温に比べ摂氏七度程度上昇するので、一般に温排水と呼ばれている。温度の上がった海水は比重が小さくなるので、海面から比較的浅い海域に広がっていくが、周辺の海水と混じり、また、大気中に熱を放出したりして次第に冷やされていく。今まで、数十万キロワット級の出力の火力発電所や原子力発電所で実際に測定した例では、周辺の海水温度より摂氏一度以上上昇する範囲は、放水口から約一ないし二キロメートル程度である。

② 通商産業省としても、昭和四七年度から昭和四九年度にかけて温排水の拡散実態調査、拡散予測手法の検討を行い、昭和五〇年度からは冷却水の取放水がプランクトン、魚卵、魚介類など水産物に及ぼす影響などについて調査研究を行っている。また、昭和四九年度から原子力発電所がおかれる各県などへ温排水による影響調査交付金を交付して、発電所周辺の温排水による影響調査を行っている。さらに、電力業界などの積極的な協力のもとに、温排水が海洋環境、水産物などに与える影響の解明及び温排水モニタリングなどに関する調査研究などを財団法人海洋生物環境研究所に委託して行っている。

③ 発電所を設置する際の温排水対策としては、周辺環境、海の調査結果、温排水拡散予測結果などを総合的に検討して、最も適切な取水方法、放水方法が採用されている。

④ 現在までの知見によれば、わが国において、温排水の放出によって漁業に被害が発生した例は報告されていない。被控訴人は島根原発について昭和四九年三月の運転開始以来漁業者の協力を得ながら、温排水の追跡調査を実施してきた。その長年の調査結果、以前の海と変わっていないことが確認されている。すなわち、温排水の水平方向への広がりの実績は電子計算機で予測した範囲内にほぼ収まっており、しかも、広がりの面積は予測面積の六〇パーセント程度であった。温度が二度上昇した海水の深さ方向への広がりは、放水口のまわりの一番深いところでも、二メートル位までしか及んでいない。海水や海底土のきれいさには全く変化がみられない。また、海水についての水素イオン濃度、溶存酸素量、塩素量、透明度、栄養塩類、油分等や、海底土についての強熱減量、全硫化物、粒度分析等も変化がみられない。また、海の生物にもほとんど変化はみられず、岩ノリの生育状況、品質について放水口のまわりで調査したが、量的にも質的にもほとんど変化がみられない。藻場の範囲や種類にほとんど変化はみられず、海藻や魚介類の種類、量に変化はみられない。渚に着生している海藻類は、温排水の影響を受けやすい植物であるが、放水口のごく近くを除き、種類や量に変化はみられていない。魚の卵、稚仔魚及びプランクトンの種類や量にも変化はみられない。

さらに、島根原発のまわりの海は、御津及び恵曇漁業協同組合の共同漁業権海域となっているが、恵曇漁業協同組合長も、漁獲量の減少や品質低下はない趣旨を述べている。また、島根原子力発電所周辺と島根県全体の漁獲量はほぼ相似的に変化しており、原子力発電所の温排水の影響と考えられるような変化はみられない。

⑤ 福井県三方郡美浜町にある美浜原発でもプランクトンの量が減少するといった著しい変化はみられず、発電所近くにある定置網でとれる魚には温排水による影響は現れていない。サザエ、ウニなどの磯根資源については、放水口のごく近く表層水温が摂氏三度以上昇温する区域に限って温排水の影響が見られるにすぎない。現在わが国にある原発では温排水を利用してアワビ、マダイ、車エビ、ハマチ、アコヤガイなどの養殖に力を入れている。

⑥ 昭和六〇年七月中旬、愛媛県喜多郡長浜町から西宇和郡瀬戸町にかけての伊予灘で魚介類の大量死が発生した。同月一八日、京都大学の粕井助手らは、伊方原子力発電所から排出される温排水が影響している可能性を含めて調査研究すべきであると指摘した。同月二九日、三崎半島伊予灘海域漁場調査研究グループ(座長・伊藤猛夫愛媛大名誉教授)による調査結果が発表され、右大量死は、プランクトンの一種であるギムノディニウムによる赤潮が原因であると確認された。京大の粕井助手らが指摘した伊方原子力発電所との関連については、温排水が影響している現象はないとされた。

以上のとおり認められ、〈証拠判断略〉、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(2) 証人久米は、〈証拠〉の新聞記事を示して、原子力発電所の復水器への魚卵の取り込みが漁業に影響を与えるかのように供述したり、原子力発電所周辺での魚介類の大量死が原子力発電所の温排水と関係があるかのような供述をしている。しかしながら、復水器への魚卵取り込みによる漁業被害の発生については、当該新聞記事(〈証拠〉)にも、まだ基礎調査の過程であり、水産資源にどのような影響があるかは、長期にわたって調査を続けないと結論は出せないとコメントがなされており、魚介類の大量死と温排水との関係についても、前記認定のとおりプランクトンの一種による赤潮が原因であると確認されており、右供述はいずれも採用できない。

また、〈証拠〉によれば、東京水産大学の水口憲哉助教授は、岩ノリの品質低下や漁獲量の減少が起こったこと、御津漁協の組合長が放水口の近くでアワビやサザエが死んでいたのを見たことがあることなどを挙げて、島根原発運転開始と同時に御津漁協の漁業に対して温排水による悪影響を与え始めたとの報告を、昭和六〇年八月号の科学雑誌に載せていることが認められるが、その一方で、同号証によれば、これらの現象がすべて原発の温排水によって引き起こされたと断定できないとも述べていることが認められ、また、〈証拠〉によれば、昭和五五年か昭和五六年の七月頃右漁協の組合員から同組合長に原発の排水口付近でアワビ、サザエが死んでいたと報告されたことはあるが、同漁協では、当時の海水温度は摂氏三二、三三度もあって、貝類の耐え得る三〇度を越えていたから、排水の影響ではないと判断していること、恵曇漁協の組合長は漁獲量の減少や品質低下は認められない趣旨を述べていることが認められるのであって、これらの事実及び前記認定事実と対比すると、〈証拠〉の報告をそのまま採用することはできない。

次に、控訴人らが環境庁の見解として示す〈証拠〉の新聞記事は、〈証拠〉によれば、全くの憶測記事であることが認められ、また、〈証拠〉(新聞記事)も、養殖業者が温排水で魚が被害を受けたとして関西電力を相手に訴えを提起したとの新聞記事であり、いずれも漁業被害と温排水の関係を裏付ける資料とは到底なりえない。

控訴人らは、電力会社が原発の建設に当たり漁民に対し漁業補償金を支払っており、これはまさに漁場が破壊されていることの表れである旨主張するが、原審における証人新幸治、同野口源吾の各証言によれば、発電所建設に伴い冷却用に海水を取り入れたり、それを放出する取水設備、放出設備や発電所を防護する防波堤を作らなければならず、そのため最小限度の範囲で漁業権を消滅させることになり、また、温排水を放出するため、放出口から沖へ約一キロメートル当たりの海域に何らかの影響が出ることをおもんばかって、漁業補償が支払われていること、この補償は原発建設だけでなく、石油火力、石炭火力発電所を建設する場合にも支払われていることが認められ、右事実によれば、漁業補償金を支払っていることから直ちに漁場が破壊されていることを推認することはできない。

(3) 以上によれば、原発の周辺海域の魚介類が死滅し、漁業が一切行えなくなるとの印象を与える「漁場が完全に破壊される。」との記載は、事実に反するものといわなければならない。

(五)  「大事故が起こらないという保障がない。」等について

(1) 原子炉と原子爆弾

〈証拠〉によれば、次のとおり認められる。

ウランの核分裂によって生じるエネルギーを利用するという点では原子力発電所も原子爆弾も同じである。しかし、燃料の内容が違うから、原子爆弾のような爆発は起こらない。すなわち、天然ウランは、大まかにいえば、核分裂するウラン二三五と核分裂しないウラン二三八の混合物であり、このうち燃えるウラン二三五はわずか0.7パーセントしか含まれておらず、残りの99.3パーセントは燃えないウランである。原子爆弾は一挙に大量のエネルギーを発生させることを目的とするから、ウラン二三五の成分比が一〇〇パーセント近く濃縮されたものを使わなければならない。これに対して、原子力発電所の場合は、少しずつエネルギーを長い時間にわたって取り出すのが目的であるから、天然ウランをそのまま用いるか、あるいはウラン二三五の成分比がせいぜい二ないし四パーセント程度となるように濃縮すれば十分なのである。

さらに、軽水型の原子炉では、核分裂が増加して原子炉内の水の温度が上昇すれば、それにともなって核分裂が抑えられるという性質(固有の安全性)があり、たとえ制御装置が働かなくなっても、原子爆弾のような爆発を起こすことは考えられない。

(2) 多重防護による事故防止対策

〈証拠〉によれば、次のとおり認められる。

① 異常の発生を防止するための対策、事故への拡大を防止するための対策、放射性物質の異常な放出を防止する対策からなる多重防護による事故防止対策を講じている。まず、被控訴人の採用している沸騰水型原子炉を前提として、第一の異常の発生を防止するための対策についてみる。原子力発電所では、運転中に各機器に加わる圧力や温度等に対して、これらの機器が十分耐えられるような余裕のある設計が行われ、また、機器や材料と高性能、高品質のものを使用している。平常運転中は自動運転ができるようになっているが、起動時等運転員の操作が必要な場合で、その運転員の誤操作や誤動作が原子力発電所の安全性に大きな影響を与えるものについては、フェイル・セイフ・システム(システムの一部に故障があった場合でも安全が確保されるようなシステムのことで、例えば、制御棒駆動装置用の電源がなんらかの理由で切れた場合でも、別に設けてある加圧設備などの水力システムで自動的に制御棒の挿入が行われ、原子炉が停止される。)やインターロック・システム(例えば、運転員が誤って制御棒を引き抜こうとしても、制御棒の引き抜きができないようになっているなど誤った操作による事故を防止するシステム)を採用している。運転を開始した後、日常的に機器の点検を行うとともに、定期的に原子炉を止めて綿密に機器の分解点検を行い、万が一異常や故障が発見された場合は直ちに修復する。原子力発電所の設置地点は、活断層地帯を避け、原子炉本体など重要な構造物はすべて強固な岩盤に直接固定させ、また、原子炉、一次冷却系機器、原子炉格納施設などの安全上重要な施設は、建築基準法で定められている一般建物の設計地震力の三倍の地震力に対しても安全であるよう設計され、さらに原子炉は一定の大きさ以上の地震の場合、直ちに自動的に停止するようになっている。

② 事故への拡大を防止するための対策

原子力発電所では、運転中に蒸気発生器の細管にピンホールが発生したり、配管に漏洩が発生した場合、これらの異常が小規模なうちに検出できるように各種の自動監視装置が設けられ、原子炉停止の措置が講じられている。原子力発電所では、原子炉内の圧力が急速に高まると緊急を要する異常を検知し、原子炉を停止する必要がある場合には、多数の制御棒を一度に入れて原子炉を自動的に停止することができるように、検出装置や原子炉緊急停止装置が設置されている。そして、これらの重要な装置は信頼性の十分高いものを用い、検出装置については多重性、独立性をもたせることにしてあり、万が一、制御棒が動かない場合でも、中性子を吸収するボロン溶液を大量に注入し、原子炉を停止させる装置を備えるなどの工夫がなされている。

③ 放射性物質の異常な放出を防止する対策

このような各種の安全装置に加えて、一次冷却系主配管の瞬間的破断による一次冷却材喪失事故、蒸気発生器が瞬時に破断して冷却水(約一〇〇トン)が原子炉圧力容器から流出してしまうような事故などを想定し、これに備えるため非常用炉心冷却装置(ECCS)が設けられている。これにより、まさかの事故の場合、原子炉を水づけにし冷却するとともに、格納容器スプレー系によって格納容器内に洩れた蒸気を冷却、液化して格納容器内の圧力を下げ、気体状となっている放射能を大幅に減少させ、それでも残留している気体は非常用フィルターを通して、さらに放射性物質を低減させるようにしている。

以上のとおり認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(3) 国による厳重な規制、監督

〈証拠〉によれば、次のとおり認められる。

① 原子力発電所の建設については、通商産業大臣が、原子炉等規制法に基づき原子炉の設置許可及び電気事業法に基づき電気工作物の設置許可の権限を有している。右許可は、原子炉の安全性について、専門家の意見もきいた上で十分に安全であることを確認し、さらに、原子力委員会と原子力安全委員会の意見をきいた上でなされる。右設置の許可を受けた電力会社は、発電所の設計の詳細と工事の実施方法について国の認可を受けることが必要で、認可がおりると、国は原子炉の基礎や建屋、原子炉設備、放射性廃棄物処理設備、タービン、発電機などの原子力発電所の各施設、また、それぞれの機械、器具の溶接部及び燃料体につて工事の工程ごとに厳重な検査を行う。また、完成後も、毎年一回定期的に国の検査を受け、安全上の機能が維持できていることが確認されなければ運転を継続することができないことになっている。

② 原子炉主任技術者は、国家試験に合格した者でなければならず、また、社内組織、運転の手順、監視、運転停止の条件、放射性廃棄物の処理方法、環境放射線の測定、社内検査のやり方など安全運転上必要なことを記載した保安規定を作成し、国の認可を受けなけばならない。

以上のとおり認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(4) 事故例について

〈証拠〉によれば、次のとおり認められる。

① 米国スリーマイルアイランド原子力発電所の事故

昭和五四年三月二八日アメリカのペンシルベニア州スリーマイルアイランド(TMI)原発で周辺に放射性物質が放出され、住民の一部が避難するという事故が起こった。この事故の発端は、主給水ポンプが停止し、蒸気発生器への給水が止まったことである。直ちに、補助給水ポンプが起動し、主給水ポンプの代わりに蒸気発生器への給水を再開しようとしたが、補助給水ポンプの出口弁が閉じていたため役に立たず、その結果、本来蒸気発生器で行われるべき一次冷却水から二次冷却水への熱交換が行われず、一次冷却水の温度と圧力が上昇し、加圧器の圧力逃がし弁が開き、さらに原子炉は緊急停止した。圧力逃がし弁が開いたことにより、一次系の圧力は下がったが、圧力が下がれば閉じるはずの圧力逃がし弁が開いたままになっていたため、一次冷却水が流出し続け、一次系の圧力も低下を続けた。

二分後、一次系の圧力が低下したため、非常用炉心冷却装置(ECCS)の一つである高圧注入系が自動的に作動した。

ところが、加圧器を通じて一次冷却水が流れ出ているため、加圧器の水位が上昇し、運転員がこれを見て、一次系に十分水があると思い込み、三分後にECCSを手動で停止したり、絞ったりしたため、一次系の水量がますます減少した。八分後に、運転員が二次冷却系の補助給水ポンプの出口の弁が閉じていることに気づき、これを開いた。一時間一四分後に、一次冷却水に蒸気が多くなるにつれ、これを循環させているポンプが振動した。そこで、運転員はその二系統のポンプのうち一つを止め、一時間四一分後にもう一つの系統のポンプも止めた。二時間一八分後に加圧器逃し弁が開いたままであることに気づき、これを閉じた。三時間二三分後にECCSを作動した。一五時間五〇分後に一次冷却水のポンプも作動した。ようやく一次系の熱を除去することができる状態になったが、その間、炉心がかなり損傷した。炉心の上部が蒸気中に露出し、燃料の損傷が生じた。この間、加圧器を通じて流れ出た一次冷却水でドレンタンクは満杯となり、自動的に格納容器の底部にある格納容器サンプに移り、ここも満杯となって、さらに隣の補助建屋に送り込むポンプが働いた。補助建屋は気密性が十分でないため、タンクから漏れた放射能がここから環境に漏れた。この結果、発電所から八〇キロメートル以内に住んでいる住民約二〇〇万人が二〇〇〇人・レム(一人当たり平均約一ミリレム)の放射線を受けたと評価されているが、この程度の放射線量は、ガン発生率などにも全くといっていいほど影響のないレベルのものであると考えられている。

このTMI事故は、主給水ポンプが停止した、補助給水ポンプ出口弁が閉じていた、加圧器の圧力逃がし弁が開いたままになった、運転員がECCSを停止した、原子炉格納容器が外部から隔離されなかったなどという、運転員の誤操作や機器の誤動作などの原因が重なって起きた事故であり、事故を拡大した決定的要因は、第一に加圧器逃がし弁が開放していることに運転員が長時間気づかず元弁を閉めなかったこと、第二に加圧器水位の上昇のみを見て、ECCSを停止したり、その流量を絞ったりしたことであり、端的に言えば、設計上の諸対策を主として人的要因によって無効にしてしまったことにあるということができる。

② ソ連チェルノブイル原発の事故

昭和六一年四月二六日、ソ連ウクライナ共和国キエフ市北方約一三〇キロメートルにある原子力発電所四号機で発生したものである。この事故は、外部からの電力の供給がストップし、タービンへの蒸気供給が停止したときに慣性で回転しているタービン発電機のエネルギーを発電所内で必要な電源としてどこまで利用できるかを実験していたときに発生した。実験の遂行を優先するあまり、運転員は、低出力時に炉心内で異常に蒸気泡(ボイド)が発生する出力が急上昇するというこの型の原子炉特有の性質を軽視し、さらに制御棒を引き抜きすぎたり、異常が発生した際に、原子炉を自動的に停止させる装置を故意に働かなくするなど、運転規則の違反となる操作を次々に行った。このため、実験が開始された後、原子炉の出力が短時間に異常に上昇したとき、原子炉を速やかに止める手段がなかった。原子炉の出力が急上昇したため、燃料棒は急激な加熱により破損し、原子炉や建物などが蒸気の急激な発生により加圧や水素爆発によって破壊され、続いて、黒鉛の火炎が発生し、ついには原子炉の中の放射性物質が発電所外に放出された。この事故により、発電所の作業員及び消防士のうち一人がやけどで死亡、一人が行方不明となり、また、約二〇〇人の急性放射線障害患者が発生し、死者は三一人に達した。

このような大事故に至った背景としてソ連の報告及び各国の専門家は次のような事項を指摘している。まず、実験の計画に関するものとして、正規の手続きや発電所全体の合意なしに実施した、安全対策が十分検討されていなかった、原子炉設備の専門家でない者が指揮をとったこと、原子炉の設計に関するものとして、原子炉自体が低出力状態で不安定である、炉心内でボイドが発生すると出力が急上昇する性質がある、緊急停止時の制御棒の挿入速度が遅い、原子炉の制御系が複雑で運転員に負担をかけていた(適切なインターロックを設けていなかった)ことが指摘されている。

また、ソ連の報告では、事故原因に関して、次の六項目の運転規則違反があったと指摘されている。無理に運転を続けようとして、炉心に挿入されていた制御棒を次々と引き抜いていったため、自己制御性のない炉心状態になり、さらに緊急時に制御棒を挿入しても急速に原子炉を停止できない状態にした。実験計画を下回り、かつ規則で決められている出力より低い出力で実験を行い、ボイド発生により加えられる反応度が大きくなってしまった。低い出力状態にあるにもかかわらず、主循環ポンプ運転台数を定格運転時の六台から八台に増やし、規定以上の流量を流したため、炉心全体のサブクール度(飽和温度に達するまでの温度差)が少なくなり、結果的に炉心ボイドが発生し易い状態にした。二基のタービン発電機が停止した時には原子炉は自動停止するようになっているが、実験を繰り返し行えるようこの自動停止回路を切ってしまった。主循環ポンプの運転台数を六台から八台に追加し、原子炉を流れる冷却水の量が増えたことにより、気水分離器の圧力、水位が変動した。この時の変動で原子炉の自動停止を避けるため、気水分離器の圧力、水位によって作動する原子炉自動停止回路を切ってしまった。ECCSが実験的に作動し、冷却水が原子炉に入らないようこれを切ってしまった。

③ わが国内における事故

わが国で商業用原子力発電所の運転が開始されてから二二年近くなり、その間にいくつかの事故やトラブルが発生した。しかし、発電所の周辺住民の健康に対し影響を与えたものは一件もない。すべて十分安全な段階で発見されて対策が講じられているのが現状である。

いくつかの例についてみるに、原子炉の一次冷却材と二次冷却材との熱交換をする蒸気発生器の細管の損傷が今までに数回発生した。一次冷却材の圧力は二次冷却材の圧力に比べて高いので、細管にピンホールなどが生じると一次冷却材が二次冷却材に流入し、わずかな放射性物質が二次冷却材に漏れる。この漏洩は二次冷却材への放射線モニターにより検知され、原子炉が停止され、一次冷却材から二次冷却材への放射性物質の漏洩量はごくわずかであり、発電所周辺に対する放射線の影響を監視している野外モニターの指示も通常の運転時となんら変化が認められなかった。蒸気発生器の細管に小さな穴があく原因は、蒸気発生器の異物による損傷一回のほかは、二次冷却系の水質管理のため注入していたリン酸ソーダが、二次冷却材の流れが妨げられる部分で局部的に濃縮されて、蒸気発生器の細管に減肉が発生したためと判断されたので、水質管理をリン酸ソーダから揮発性薬品処理に切り替えるなどの対策がとられた。

また、昭和四九年九月アメリカで一部の沸騰水型原子炉の再循環系バイパス配管の溶接部にひび割れが発見されたので、わが国においても直ちに当時運転中及び試運転中の沸騰水型原子炉の点検調査を実施した。その後、炉心スプレー系配管、再循環系の分岐配管、制御棒駆動機構のコレットリテーナ・チューブ等の溶接部にひび割れが発見され、同じように点検調査を行った。その結果、一部の原子力発電所で微細なひび割れが発見された。これらは、機械加工によるキズや溶接施行不良による金属組織の変化、局所的応力、水の停滞による影響などが重なって生じたものと推定される。

これらのヒビ割れが発見された箇所は、格納容器内部であり、発電所周辺への影響は全くなかった。ひび割れの部分は、新しい配管に取かえたのち配管内の水の停滞部をなくすこと、溶接部をなくすこと、溶接時の残留応力をなくすこと、材質を変えることなどを行うとともに、格納容器内の機器、配管からの漏洩水の監視を強化するなど、運転中の監視、点検を一層充実させて運転を行うこととした。

昭和六一年度の原発における事故、故障等の件数は一九件であり、その内訳は、運転中に自動停止したもの一五件、運転中に手動停止したもの六件、定期検査中に発見されたもの八件となっている。その主な原因は、管理要素別にみると、管理が不適切であったもの八件、保守管理が不適切であったもの九件、その他のもの二件であったが、以上いずれの事故、故障等についても、原発の周辺環境への放射能の影響はなかった。

また、原子炉の運転停止に至った原因が、人為ミス、すなわち運転に際しての誤操作又は不適切な操作であるものはこれまで(昭和六二年一〇月)七件あったが、そのいずれの場合も原子炉は設計どおり安全に停止している。

以上のとおり認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(5) 証人久米は、暴走事故が起これば原子炉や建物を破壊し、安全装置も全く役立たないと証言する。

しかしながら、右認定の事実及び〈証拠〉によれば、原子炉の出力がその制御の範囲を超えて急激に上昇するという暴走事故が起きても、水を減速材に使っている軽水炉などでは、気泡が発生し、水の密度が下がって、中性子の減速が悪くなるので、ウラン二三五に吸収される中性子の割合が減り、核分裂が低下して自然に温度が下がり、原子炉の水温がもとの温度に下がると、今度は反対の現象が起こって核分裂が進む(ボイド効果)、原子炉の温度が上昇すると中性子がウラン二三八に吸収される割合が高くなり、ウラン二三五に吸収される分がそれだけ少なくなるので、核分裂が低下する(負の温度効果)という固有の安全性を有していること、また、原子炉の出力を制御する制御棒の引き抜きは、一本ずつ決められた手順で行われるが、出力の急上昇が生じないようにするため、制御棒の一本当たりの価値(原子炉出力を制御する効果の大きさ)を抑えるとともに、制御棒の引き抜き速度を制限しており、運転員が誤って制御棒を引き抜こうとしても、制御棒の引き抜きができないようになっていること、なんらかの原因で出力が急上昇した場合には、異常を直ちに検知し、原子炉緊急停止装置により、全ての多数の制御棒を一度に入れて原子炉を自動的に停止できるようになっていることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はなく、右認定事実によれば、安全装置が全く役立たないとする右証言は採用することができない。

(6) 証人久米は、一次系冷却材喪失事故における非常用炉心冷却装置(ECCS)について、実用原子炉で実験されておらず、スリーマイル島原発事故で役立たないことが実証されているなどの理由でその有効性を否定する旨の証言をし、同証人の講演内容を記載した〈証拠〉にも同旨の記載部分があり、また、〈証拠〉には、証人久米と同旨の見解がある。

しかしながら、前記認定事実及び〈証拠〉によれば、次のとおり認められる。

① 原子力発電所では、一次冷却系主配管の瞬間的破断による一次冷却材喪失事故を想定し、これに備えるためECCSが設けられている。ECCSの設計に当たっては、その性能の評価は、各種実験結果をもとに厳しい条件を設定して全体として安全上厳しい結果となるように作成された解析モデルを用いて行われている。

② LOFT計画は、米国アイダホ国立工学研究所に設置された熱出力五〇MWの加圧水型軽水実験炉(PWR)を使い、軽水型発電炉の設計基準事故である冷却材喪失事故及び異常過渡について調べる総合実験計画で、一九七六年から一九八二年にかけて、米国原子力規制委員会(NRC)の主催により行われ、一九八三年から一九八六年においては経済開発協力機構(OECD)により行われた。この計画は、米国のほか日本、西独、仏等が参加した国際プログラムで、わが国の日本原子力研究所も一九七六年以来この計画に参加してきた。一九七六年から一九八二年にかけて約三〇回にわたって実施された実験の結果から、現行のECCSの性能及びその安全評価解析が大きな安全余裕を持っていることがわかった。また、ECCSが有効に作動し、相当量の冷却水が圧力容器内に蓄積する結果、燃料被覆管の温度は十分低く、燃料棒の破損も生じていないことが実証された。

③ TMI事故では、一次系の圧力が低下したが、逃がし弁が故障で閉じず、放射能を含んだ一次冷却水が加圧器を通じて流れ出し、ECCSが自動的に作動したが、誤って運転員がECCSを停止したり、絞ったりしたため、一次系の水量がますます減少し、燃料の損傷が生じたものである。

④ TMI事故について、証人久米らは、二分後に自動的に作動したECCSが、四分三〇秒後と一〇分三〇秒後に運転員により停止され、一一分ないし一二分後に再び手動により再開されているとの前提でECCSが役に立たないことが実証されたとしているが、二分後に自動的に作動したECCSが手動により再び作動したのは三時間二三分後である。

以上のとおり認められ、右認定事実に照らすと、ECCSの有効性を否定する証人久米らの前記見解は採用できない。

(7) 次に、証人久米は、TMI事故やチェルノブイル事故のような事故は今後も起こるのではないかと考えている、その理由は、事故が人為ミスや機器の故障等が積み重なって起こるものであり、安全装置は予測しうる筋道に対応して設置された装置であるから、筋道どおりに進行しないと全くその効果が発揮できないと証言している。

これに対して、〈証拠〉によれば、次のとおり認められる。

① TMI事故後、わが国では直ちに、国内の原子力発電所の総合的な再点検を実施した結果、TMIのような事故が起こる心配はないことが確認されたが、通商産業省は原子力発電の一層の安全確保を図るため、原子力安全委員会の意見も聴いて、各電力会社に対し、運転員に対する保安教育、訓練をより一層強化することなどの改善措置を指示し、実施してきた。

② また、原子力安全委員会は、TMI事故調査のため特別委員会を設け、わが国の原子力発電所の安全確保対策に反映すべき五二項目を摘出した。そして、昭和五五年五月と六月に、基準、審査、設計及び運転管理に関して、「わが国の安全確保対策に反映させるべき事項」として、安全審査等に当たり考慮すべき事項ないし具体的な考え方が決定され(昭和五五年五月のものについては昭和五六年七月に改訂された。)、これらは着実にわが国の原子力発電に反映されてきている。

以上のとおり認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

また、ソ連チェルノブイル原発事故についても、〈証拠〉によれば、次のとおり認められる。

わが国原子力安全委員会は、昭和六一年五月にソ連原子力発電所事故調査特別委員会を設置し、この事故の背景について調査、検討を行い、昭和六二年五月二八日ソ連原子力発電所事故調査報告書を取りまとめ、原因について以上と同様の指摘をし、わが国の現状についても触れ、わが国の原子力発電所については、次のような理由から、チェルノブイル事故と同様な事態になることは極めて考え難いとしている。

第一に、わが国で採用している原子炉は、なんらかの原因で出力が上昇し、蒸気泡(ボイド)が発生しても、自動的に出力上昇が抑えられるという原子炉そのものが自己制御性を持つように設計されており、異常な出力の急上昇は起こらない。

第二に、わが国の原子力発電所では、システムに異常があった場合でも、安全を確認するフェイル・セイフの考え方や運転員の誤った操作による事故を防止するインターロック・システムにより重大な事故につながることのない設計がとられている。また、運転員が原子炉の自動停止回路を切ることなく、十分な能力を持った原子炉の緊急停止装置が設けられている。

第三に、わが国では、過去の運転経験を教訓として、人為ミス防止のための運転員の教育訓練の充実、運転手順の見直しなど運転管理体制の強化を図っている。

以上のとおり認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(8) 以上の認定事実によれば、わが国の原発においては、TMI事故やチェルノブイル事故のような事故が起こることは極めて考え難いが、人的要因等が複雑にからむことによっては、そのような事故の可能性が全くないとは言い切れないのであるから、その意味では「大事故が起こらないという保障がない。」との記載が虚偽であるとすることはできないが、この記載や「原子炉から出ているパイプが折れて水が漏れてしまうと、核燃料の熱で原子炉が熔け、建物まで熔かして地下水が一気に蒸気爆発を起こします。」との記載は原発のパイプ折損事故を含む事故発生の多重防護による防止対策、措置等についてなんら触れるところがないため、その被害のみが一方的に拡大された記事となって、いたずらに読者の恐怖心を煽る結果となっているものである。

(六)  「エネルギー危機は作り話である。」等について

(1) 内外のエネルギー事情

〈証拠〉によれば、次のとおり認められる。

① 高度に発達した現代社会において、エネルギーは欠くことのできないものである。わが国はエネルギー資源に乏しく、石油についてはほとんどを輸入に頼っている。このような状況下で、わが国としてエネルギーの安定供給を確保するためには、石油に代わるエネルギー源の開発、導入が必要である。原子力は、経済性及び供給の安定性の観点から、石油代替エネルギーの中核として開発が進められてきた。

昭和五四年三月当時、電気の消費量は、過去一〇年間に約2.1倍に増えた。今後わが国は新規労働者人口に対し適切な雇用の場を確保し、老齢化社会に向かう中にあって社会保障の充実を図るなど国民の福祉の水準を向上していくためには、安定した経済成長を続ける必要がある。この場合、最大限の省エネルギーの努力を行ったとしても、電力需要は一〇年間で約1.8倍弱に達するものと予想される。わが国の発電は、そのかなりの部分を火力発電に頼っており、この火力発電は石油火力が大きな割合を占めているが、後記のような世界の長期的な石油の供給見通しを考えると、今後今までのように大量の石油を確実に輸入していくことが非常に困難になるものと予想されている。このため、増加する需要に応じて円滑に電気を供給するためには、石炭、液化ガスなどの開発導入とあわせて、原子力開発を積極的に進めていくことが非常に重要な方策となっている。

② 昭和五三年当時における世界の長期的な石油供給の見通しは、エネルギー戦略選択機構(WAES・アメリカやイギリス、フランス、西ドイツ等ヨーロッパ主要国、日本、ベネズエラなど一五か国の大学、研究所、産業界など民間人や官吏が参加し、エネルギー戦略の選択について、国際共同研究をした。)の報告によると、次のとおりであった。人類が利用できる石油資源、すなわち究極可採埋蔵量は約二兆バーレルといわれており、すでにそのうちの二〇パーセント近い三四〇〇億バーレルを生産し、消費してしまっており、残りは一兆六六〇〇億バーレルであるが、これを一九六三年から一九七五年の生産量の伸び率7.4パーセントで今後とも生産を増加していくと、二〇〇二年には掘りつくしてしまい、仮に伸び率を2.5パーセントに抑えたとしても、二〇二〇年までにはなくなる。しかも、現在確認されている埋蔵量は六六〇〇億バーレルで、残りの一兆バーレルは未発見であり、発見が困難であるのみならず、その相当分が極地など油田開発が困難な地域にあり、技術的にもコストの面でも採掘が難しい。毎年新規発見量と生産量の関係をみると、一九六〇年代までは新規発見量が大きく上回っていたが、一九七〇年代に入ってこの関係は逆転し、新規発見量はその年の生産量を下回るに至り、可採年数(確認可採埋蔵量/現在の年生産量)は一九七五年(昭和五〇年)において約三三年となっている。今後とも、年々の生産量が追加確認埋蔵量を上回るという状態が続くものと予想されている。

昭和五六年六月の総合エネルギー調査会基本問題懇談会においても、一九七七年の可採年数は約三〇年となっており、年々の生産量が追加確認量を上回るという傾向は今後も当分の間続いていくものと思われるとしている。

③ このように、石油の資源量が限界に近づきつつあることが懸念されるに至り、また、中東諸国を中心とする石油産出国が供給量及び価格の面で世界の石油市場に大きな影響を及ぼすようになり、このことがエネルギー危機の到来として、全世界に真剣に受けとめられてきた。

④ 昭和六二年当時における国際石油需給の見通しについても、当面の需給緩和にもかかわらず、中長期的には石油需給が再びひっ迫化に向かう可能性が強く、二一世紀中葉以降は急速に供給能力が低下していかざるを得ず、年率二パーセント程度の需要増があった場合、二一世紀初頭にも生産量がピークを迎える可能性が大きいことが各方面で指摘されており、こうした見通しは、各国政府が諸政策を講じていく際にも、もっとも基本的な前提として認識されている。

以上のとおり認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(2) 〈証拠〉によれば、元都立大学助教授の高木仁三郎は、昭和五三年二月二四日電産労組中国地方本部の依頼により、山口市で講演し、一九四〇年に原油の可採年数が二〇年と言われていたが、一九六〇年ではそれが三三年になり、石油ショック後の一九七五年でも三〇年ないし三四年であって、基本的に変わっていないことを根拠に石油危機はない、エネルギー危機は存在しないと述べていることが認められるが、右認定のとおり、昭和五三年当時石油の可採年数が三〇年となるとされていたことは内外とも支配的な見方であったうえ、わが国が脆弱なエネルギー供給構造となっていることは二度の石油ショックにより明らかにされたところであり、この教訓を踏まえて、わが国の安定的経済発展と国民生活の向上のためには、あまり石油に頼ることなく、より安定したエネルギー供給源の確立を図っていくことが大きな課題となっているのであって、石油の可採年数が二〇年前から変わっていないことを捉えて、エネルギー危機は存在しないと結論づけることはできないというべきである。

したがって、また、〈証拠〉によれば、可採年数は、ブリティシュペトロリアムによれば、一九八五年末時点で34.4年であるが、可採年数は二〇年以上前から常に三〇年前後で推移してきていること、これは、この間において生産された量を上回る新たな埋蔵量が採鉱開発活動によって不断に追加されてきたことを意味することが認められるが、この事実をもって、エネルギー危機は存在しないとすることもできない。

証人久米は、エネルギー危機に関連して、エネルギー危機が作り話であることは最近の石油のだぶつきによる逆石油危機の到来ということの中に端的に表れている旨述べるが、近年の国際石油需給の見通しについても、当面の需給緩和にもかかわらず、中長期的には石油需給が再びひっ迫化に向かう可能性が強いことは前記認定のとおりであって、右証言は採用できない。

控訴人らは、被控訴人が昭和五三年度に発表した昭和六二年度の電力需要想定値と昭和六二年度の需要実績との間に差異があることを根拠に、「電力不足はウソ」であったと主張するが、〈証拠〉によれば、被控訴人を含め電力会社は一〇年先の需要を想定し、電力の安定供給を最大の責務として電源開発を進めていること、その需要想定は、政府の経済見通し等を基に日本電力調査委員会が策定したわが国では権威のある経済見通しを前提としていること、電力需要は景気の変動、気温変化により大きく影響を受けるものであり、時により需要想定が上下にぶれることがあることは当然であり、そのため毎年適切な修正を行っていることが認められ、右事実によれば、被控訴人が策定した昭和五三年度の需要想定もその策定時点においては妥当なものであったといえるから、需要想定と需要実績とに差異があることをもって「電力不足はウソである。」の記載を真実であるとみることはできない。

(3) 代替エネルギーについて

〈証拠〉によれば、次のとおり認められる。

① 科学技術会議(議長内閣総理大臣)は、昭和四八年七月エネルギー科学技術部会を設置し、エネルギー分野における長期的かつ総合的な研究目標の設定及びその推進方策の基本を審議し、昭和五三年、その最終報告をまとめた。それによると、太陽発電の実用化の見通しは次のとおりであった。

地表へ到達する太陽エネルギーは希薄(わが国の場合、年平均約一六〇W/m)であるため、エネルギーとして取り出すにはある程度の面の広がりが必要であり、季節的変動、気象的影響を受けやすく、日中しかエネルギーを得ることができないという欠点がある。

太陽エネルギーを電気エネルギーに転換する方式には、太陽の放射エネルギーを熱の状態に転換し、電気エネルギーに転換する太陽熱発電と、半導体の光電効果を利用して、太陽の放射エネルギーを直接電気エネルギーに転換する太陽光発電の二つの方式がある。太陽熱発電については、現在、アメリカ、フランスなどで研究開発が進められているが実験的に数百キロワット程度のものが稼働している段階にすぎず、太陽光発電については、シリコン太陽電池による発電が灯台、マイクロ波中継所などの小規模の特殊電源として利用されているものの、超高純度のシリコンの製造には膨大なエネルギーを必要とするため、太陽電池の価格が一キロワット当たり三〇〇〇万円ないし五〇〇〇万円となり、原子力発電所の一キロワット当たり一五万円ないし二〇万円に比し、非常に高価となり、一般目的の電源として利用されるためには長期的な研究開発が必要とされている。なお、わが国の通商産業省がサンシャイン計画の一つとして取り組み、昭和五六年には香川県仁尾町に局面集光方式とタワー集光方式の二方式による合計出力二〇〇〇キロワットのパイロットプラントを建設し、運転していた太陽熱電池の研究開発は、電気への変換効率が悪く、わが国では商業化はメリットがないとして、昭和五八年度で打ち切ることを決定した。

② 通商産業省資源エネルギー庁編の昭和六〇年七月二〇日発行の「新エネルギー導入ビジョン研究会報告書」によると、周辺機器を含めた太陽電池のシステム(太陽光発電)の価格は、一九九〇年においても「八〇〇〜一二〇〇円WP」(一キロワット当たり八〇万円ないし一二〇万円)と見込まれており、太陽電池実用化のための長期的な研究開発の課題として、低コストシリコン製造技術、高効率多結晶薄膜シリコンセル製造技術、高性能・高信頼性アモルファスシリコンセル製造技術等の要素技術の研究開発を進めることが必要であるとしている。

③ また、昭和五九年におけるわが国の太陽電池の生産量のうち七割は電卓、時計等の民生用であり、電力用は三割にすぎず、その用途は灯台電源、屋外街灯電源等である。そして、発電コストを一九九〇年頃には七〇円ないし八〇円/キロワット時とディーゼル発電と競合しうるレベルまで低下させることが期待され、この段階に至れば、離島等でのディーゼル発電の一部を代替することが可能となろうと指摘されているが、その発電コストはなお電灯料金並みのレベル(発電コスト二〇円ないし三〇円/キロワット時)の倍以上である。

以上のとおり認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(4) 本件ビラの「計画どおり原発が動いても石油の三パーセントにしかならない」との見出しのもとに記載されている内容については虚偽であることを認めるに足りる的確な証拠がない。

(5) 以上によれば、本件ビラの「エネルギー危機は作り話である。」、「電力不足はウソである。」、「(石油が三十年でなくなるという)三十年説には何の根拠も無いのです。」、「原発と同じ位の費用をかければ、(安全な)太陽熱発電が可能となります、太陽熱ではウランや石油が売れなくなってもうからないから、本気でやらないのです。」との記載は、事実に反するものといわなければならない。

(七)  「電気料金が高くなる。」について

(1) 〈証拠〉によれば、次のとおり認められる。

各種電源の経済性を評価する方法として、初年度コスト法、均等化コスト法、系統コスト法の三つが一般的であるが、初年度コスト法と均等化コスト法が簡便な方法である。初年度コスト法は、資源エネルギー庁が昭和五一年度以降毎年発表している各種電源の発電原価試算に用いられている方法であり、この方法は、文字どおり、運転開始の初年度の総経費を対象としているので、一般に資本費が割高な電源は相対的に割高に評価されるという特徴を持つ。これに対して、均等化コスト法は、耐用年数中の総経費を対象とするので、運転開始後の諸経費の変動をすべて反映させることができる。資源エネルギー庁の試算でも昭和六〇年度からはこの方法が併用されている。

資源エネルギー庁のモデル試算値により電源別に発電原価を比較すると、昭和五六年度運転開始の発電所の初年度送電端発電原価で、一キロワット時当たり原子力一一円ないし一二円、石炭火力一四円ないし一五円、LNG火力一七円ないし一八円、石油火力一九円ないし二〇円となっており、原子力が石油火力など他の電源に対して相当優れている。翌昭和五七年度の電源別発電原価は、前年度に比べ、一般水力とLNG火力が一ないし二円上昇した程度で、その他電源はいずれもほぼ同水準にとどまっている。原子力については、前年度の一一円ないし一二円が一二円程度となり若干上昇した恰好となったが、まだ石油火力の六割程度のコストである。また、昭和六二年度運転開始モデルプラントについて運転期間(法定耐用年数間)を通してみた耐用発電原価を比較すると、一般水力が一キロワット時当たり一三円程度、石油火力、LNG火力が一一円ないし一二円程度、石炭火力が一〇円ないし一一円程度であるのに対し、原子力は九円程度となっており、原子力の経済的優位性は変わっていない。

原子力の発電原価には排気物の最終処分及び原子炉の廃止措置に係る経費は含まれていないが、これらを考慮しても、石炭火力の発電原価と同等もしくは優位性を有する。さらに耐用年数に対する発電原価では、将来燃料価格の上昇を考慮すると、発電原価に占める燃料比率の少ない原子力の経済的優位性は増すことになる。

以上のとおり認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(2) 〈証拠〉によれば、高木仁三郎は、東京電力の試算した一九七七年のモデルケースをもとに、わが国の原発の実際の設備利用率は七〇パーセント(初年度コスト法の発電原価は七〇パーセントの設備利用率を技術的前提条件としている。)でなく、せいぜい四〇パーセントであり、その場合一キロワット時当たりの発電原価は原子力は一四円であるのに対し、火力一〇円(グラフよると12.59円)であって、原子力の方がはるかに高いとして、原発が経済的に割高である旨述べていることが認められる。

しかしながら、〈証拠〉によれば、わが国の原発の設備利用率は、昭和五〇年度が41.9パーセントであったものの、昭和五五年度は六〇パーセント台、昭和五六年度は61.7パーセント、昭和六二年度には79.4パーセントに達していること、島根原発の設備利用率は昭和四九年度が75.2パーセント、昭和五〇年度が76.1パーセントであることが認められる。また、〈証拠〉によれば、昭和五〇年一二月、日本原子力産業会議において将来の原子力発電と火力発電との比較を行ったが、その試算結果によると、火力発電の設備利用率七〇パーセントに対し、原子力発電の場合は四〇パーセントないし五〇パーセントで発電原価が同程度であったことが認められる(なお、高木仁三郎の引用する右試算グラフでは、設備利用率が四〇パーセント台の後半で原子力の方が発電原価が安くなっていることが窺われる。)。これらの事実及び前記認定事実に照らすと、原発の実際の設備利用率がせいぜい四〇パーセントであるとして原発が経済的に割高であるとする前記見解は、採用できない。

証人久米は、原子力の発電原価について、現在、石炭、石油火力などよりも上回っていると思う、今後まだまだ高くなる、後始末費(バックエンド費)が電力コストに入っておらず、これが原子力の経済的優位性を失わせるかのような証言をするが、これらの証言は、右認定事実に照らし、採用できない。

(3) 以上の認定事実によれば、「電気料金が高くなる。」との記載は、本件ビラを読む者に原発の発電により必ず電気料金が高くなると即断させるに十分であるが、その内容は事実に反するものというべきである。

(八) 以上認定、判断したところによれば、本件ビラは、島根原発の社員を含めて、被控訴人の社員の多数が、ビラに記載されている考えを持って、原発に反対しており、しかも島根原発で働く社員及び家族が、地元の魚を食べないとか、子供を生まないようにしているなどという被控訴人の内部事実について、虚偽の記載をするとともに、従来論議されている原発の安全性、必要性、経済性に関する事実について、一部、虚偽の記載をしたり、事実を誇張したりし、あるいは自己の主張に反する事実については何ら記載しない方法をとっているものであるところ、被控訴人の内部事実に関する記載は、その見出しの位置、大きさ等から前記のとおり強く読者の注意と興味を引くものであるうえ、被控訴人の内部の、原発に従事する社員らの日常生活という身近な事実に関するものであることにより、原発の危険性を訴えるにつき、周辺住民に強い説得力を与えるものであって、本件ビラの記事全体において、決して従たる部分に属するものではなく、かなりの比重を占めていると解され、前記認定のような原発の安全性、必要性、経済性に関するその余の虚偽事実の内容、その読者に与える印象及びその本件ビラに占める部分、その見出しなどを合わせ考えると、本件ビラは、主要な部分について事実に反しているというべきである。

4  以上のような記載内容となった経緯について、〈証拠〉によれば、次のとおり認められる。

(一)  電産労組山口県支部執行委員会は、昭和五三年一月二八日、反原発のビラ配付を決定し、同年二月二八日開催の常任執行委員会においてビラの内容を決定したことは前記認定のとおりであるが、控訴人らは、島根原発の日常生活の実態等について、調査すれば容易にできたのに、全く事実確認することなく、伝聞に推測を加えて虚偽の記載をした。

すなわち、ある行商が島根原発の社宅に魚を売りに行ったが、買ってもらえなかったという話を、電産労組島根県支部の書記長が、佐野町議会議員から聞いて、これを控訴人山本に話し、同控訴人がこの話から「島根原発の社員は地元の魚は食べません」と記載した(その行商が誰であるかは特定されていない。)。さらに、島根原発の社宅では地元の魚を買わないとすると、職員の家族は一切魚を食べないんだろうかという話になり、そういえば、松江のスーパーで島根原発の職員の奥さんが冷凍魚を買っていたという話が出て、そういった話を総合的にまとめた結果、「その地元で取れた魚を売りに行っても、ほとんどの人は買わずに、松江のスーパーなどで冷凍魚を買っています。」と記載することになった。

また、「子供を生まないようにしている」という記載について、電産労組島根県支部の組合員から聞いた話や、昭和五〇年八月二六日付け中国新聞の、島根原発公害対策会議の野津明男事務局長が、反原発全国集会で、島根原発で地元の人たちが子供をつくる意思がないことを条件に臨時工として雇用されていることを報告したとの記事を想起して、その記載となったが、右新聞記事には、「指摘されるようなことは全く考えられない」と右事実を否定する被控訴人広報室長墨田繁雄のコメントが同時に掲載されていた。

また、「島根原発の社宅の奥さんたちが一日も早く他の職場に転勤させてほしいなどと毎日主人と話している」との記載については、控訴人山本が、東京電力株式会社に勤める友人から、東京電力では原発勤務の辞令を受け、二、三日考えたうえ、仕方なく勤務している人がたくさんいるとの話を聞いていたので、この話をそのまま島根原発社員との話として記載した。

(二)  電産労組は、原発建設反対闘争の基調と方針のもとに、大阪大学理学部講師の久米三四郎(昭和五二年七月六日講演・原子力発電の「安全性」を暴く)、元東京都立大学助教授の高木仁三郎(昭和五三年二月二四日講演・原子力発電とエネルギー問題)、東京水産大学助教授の水口憲哉、埼玉大学教授の市川定夫など原発反対を主張する科学者を招いて、講演会を開催したり、右高木ら反原発の立場に立つ科学者らの見解や論文等を機関紙に掲載したりして、反原発の立場に立って学習をした。

(三)  控訴人らは、被控訴人の社員として、少し努力すれば、先に認定したような現実の事故発生防止対策や原発の発電による電気料金や火力発電等他の発電による電気料金との比較を知りうる情報や資料に接することができたのに、その労は全くとらなかった。

以上のとおり認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

5 進んで、本件ビラ配布による影響についてみるに、〈証拠〉によれば、次のとおり認められる。

本件ビラが配布されたことにより、地元住民や行政関係者、地元関係団体から、被控訴人の山口支店や山口原子力準備本部に対し、被控訴人の原発推進の姿勢に疑念を抱くとか、原発について被控訴人が従前してきた説明の真偽に判断しかねるといった抗議が相次ぎ、また、他の電力会社からも、原発建設予定地の住民にも強い不安感を与えたなどの抗議が寄せられた。さらに、被控訴人に断固たる措置をとることを求める旨の要望も寄せられた。本件ビラが配布されたため、被控訴人の山口原子力準備本部において、地元住民等との対話訪問活動が極めて困難な状況になって、被控訴人は、社達六四号を発して、改めて原発建設の方針を再確認し、これに対する従業員の協力を訴えねばならなくなった。

以上のとおり認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。右認定事実によれば、本件ビラの配布行為により、関係の地域住民や各方面に被控訴人が進めてきた豊北原発建設推進運動に対する不信感と原子力発電についての誤解・恐怖心を抱かせて、被控訴人の社会的評価を低下させ、また、被控訴人の業務に重大な支障を生じさせたことが認められる。

6 本件懲戒処分の正当性

(一) 以上認定、判断したところによれば、本件ビラの配布行為は、本件ビラのその余の記載内容の真偽や相当性につき検討を加えるまでもなく、控訴人らが従業員として被控訴人に対して負う企業秩序義務に違反するものであり、控訴人らによる本件ビラの配布行為は、被控訴人の体面を傷つけ、かつ、故意に、少なくとも重大な過失によって被控訴人に不利益を与えたものといわなければならず、前記就業規則六四条一項三号、四号の各懲戒事由に該当するものと解すべきである。

(二) 控訴人らは、本件ビラの配布行為は憲法一九条、二一条が保障した思想信条の自由、表現の自由の行使であって、これに対して懲戒処分を課することは、民法九〇条に違反するものである旨主張する。

憲法一九条の保障する思想信条の自由や憲法二一条の保障する表現の自由は民主政治の基盤をなす基本的権利であって、みだりに制限すべきでないことはいうまでもない。しかし、前記のとおり労働者は、労働契約を締結して雇用されることによって、使用者に対して企業秩序を遵守すべき義務を負うものであり、本件のように虚偽の事実を記載したビラを配布する行為をすれば、これによって企業の円滑な運営に支障を来すおそれがあるから、かかるビラ配布行為に対して懲戒を課することは合理的理由があるというべきであり、これをもって従業員の表現の自由、思想信条の自由を制限するものとはいえない。したがって、控訴人らの行為が企業秩序義務に違反することを理由として、被控訴人が控訴人らに対して懲戒を課すことはなんら憲法一九条、二一条、民法九〇条に反するものではない。

(三) 控訴人らの不当労働行為の主張について判断する。

控訴人らは、本件ビラ配布行為は正当な組合活動であると主張するので、この点について検討するに、労働組合が、組合員の経済的地位の向上をはかる目的で、会社の経営方針や企業活動を批判することはもとより正当な組合活動の範囲内に属するものであり、その文書活動が一般の第三者に理解と支援を得るために行われる場合であっても、それが右の目的の範囲内にある場合には、文書の表現が厳しかったり、多少の誇張が含まれているとしても、なお正当な組合活動といえるのであって、そのために会社が多少の不利益を受けたり、社会的信用が低下することがあっても、会社としてはこれを受忍すべきものである。しかしながら、組合活動としてなされる文書活動であっても、虚偽の事実や誤解を与えかねない事実を記載して、会社の利益を不当に侵害したり、名誉、信用を毀損、失墜させたり、あるいは企業の円滑な運営に支障を来たしたりするような場合には、組合活動として正当性の範囲を逸脱するものと解するのが相当である。本件の場合、控訴人らが、主要な部分について虚偽の事実を記載した本件ビラを配布し、これによって被控訴人の社会的評価が低下し、被控訴人の業務に重大な支障を生じたことは前記認定のとおりであるから、本件ビラの配布行為は、それが組合活動としてなされたものであっても、組合活動の正当性の範囲を逸脱しているものといわなければならない。したがって、本件ビラ配布行為が正当な組合活動であることを理由として本件懲戒処分が不当労働行為に当たるとの控訴人らの主張は採用できない。

また、本件全証拠によるも電産労組に対する支配介入であるとの事実を認めることはできないから、これを理由とする不当労働行為の主張も採用できない。

(四) 控訴人らは、懲戒権の濫用を主張するが、電力の安定供給を責務とする被控訴人にとって原子力発電に関する事業は最も重要な事業の一つであり、被控訴人が原発の推進建設に全力を傾注しているなかで、控訴人らは、原発推進建設を阻止する意図で、その主要な部分について虚偽の事実を記載した本件ビラを作成、配布したものであるうえ、控訴人らが、島根原発の社員の日常生活の実態等被控訴人の内部事実について、真実であると信じたかは極めて疑わしく、たとえ信じたとしても重大な過失に基づくものであり、原発の安全性等に関するその余の虚偽事実についても真実であると信ずるにつき合理的理由があったとは認め難く、本件ビラの配布が与えた影響や控訴人らが本件ビラ作成、配布において指導的、積極的役割を果たしたこと等を合わせ考えると、被控訴人が控訴人らに対し本件懲戒処分に及んだことが懲戒権者に認められる裁量権の範囲を逸脱したものとは認められないというべきである。よって、控訴人らの右主張は採用できない。

三以上のとおりであって、本件懲戒処分は有効であるから、本件懲戒処分無効確認の請求は理由がなく、本件懲戒処分が無効であることを前提とする賃金請求及び本件懲戒処分が違法であることを前提とする慰謝料請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がなく、控訴人らの本訴請求はいずれも棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当であって、控訴人らの各控訴は理由がないから棄却することとし、控訴費用の負担について民訴法九五条、八九条、九三条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官下郡山信夫 裁判官池田克俊 裁判官高木積夫は転補につき、署名押印することができない。裁判長裁判官下郡山信夫)

別紙〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例